※一部ネタバレあり

 全部見てない私が言うことではありますが、結論から言って、全48作中、総合的にみて最もデキがいいのは「夕焼け小焼け」。その次がコメディとして最もよくできている「柴又慕情」。その次が第一作とリリーの三本。あとは特に寅さんに思い入れがなければ見なくてもいいのかなあ、というのが私個人の好みに寄った印象です。

 寅さんが面白くなるのは歳を取った証拠、と思う人は多い。私も若い頃、それこそ10代の頃は寅さんといえば面白いどころか苛立ちの対象だった。きちんと映画をみたことはないが、本当にイライラする、こういうひと。それが30代で「ものによってはそんなにつまらないこともないようだ」となった。ちゃんと見たのは第一作(1969年作。あたしは1970年生れ)と太地喜和子が好きなので「寅次郎夕焼け小焼け」(第17作1976年)だ。この二作は面白かった。ちなみに第一作の時点でさくら演じる倍賞千恵子は28歳。そうは見えない可愛らしさ。渥美清は41歳だ。寅さんの設定年齢がいくつか知らないが、けっこういってる。
 最近テレビ東京で何度目だかわからない全作放送をしている。あまりに見るテレビがないのでチラ見すると、アメリカ版寅さんが出演する「寅次郎春の夢」(第24作1979年)、いしだあゆみがマドンナの「寅次郎あじさいの恋」(第29作1982年)なんかはぼんやり見始めて結局見入ってしまった。いしだあゆみの芝居がいいし、笑える台詞も多い、ラストのさわやかさもかなり好きだ。しかし「花も嵐も寅次郎」(第30作、同1982年)なんてマドンナの田中裕子が生来の女優の資質を遺憾なく開花させているにもかかわらず、作品としてはあまりひきこまれなかった。やはりマドンナは寅さんと同世代(にみえる設定)であることが望ましい。田中裕子(27歳)に当時渥美清は54歳でもはや親子。加えて作品背景も田中裕子が都心のデパートの店員で、クリニークなんてあったりして、住んでいる家も今の都市型一軒屋。今の世の中と大差ない。そうなると寅さんのあの扮装が時代錯誤なコスプレに見えてしまう。いしだあゆみのときは田舎と柴又が舞台で違和感がないのに。つーか沢田研二が奥手な動物園の飼育員って設定、意外性を狙ったのかもしれないけど完全に失敗だよ。演技のウマヘタの問題じゃなくて。
 というわけで40代になって、というか四捨五入で50歳の45歳になってすぐ、ついに「暇つぶしに」と寅さんをレンタルした。「男はつらいよ」の世界観が楽しめるようになってしまった。10代のロクに寅さんを見ていない頃、このシリーズはご都合主義でお気楽で、笑いは古ぼけた退屈なワンパターン映画という印象だった。それが今になってよく見てみると、結局人生は物悲しいが、という話を軽妙に描くことに腐心した作品がほとんどだ。なんというか「大人向け」だ。とんがった感性、「大人のかざす矛盾だらけのずさんな健全さには反吐が出る」と思っているような頃より、ある程度人生に疲れていたほうが楽しめる。子供の世界だって時にはもちろん大変だが、若さゆえの苦しみ、悩みに対する癒しというよりは、未熟さを社会にもまれ、数十年かけて堆積した疲れによって形成されている感性向けだ。「結局みんな大した大人にはなれなかったし、今後も大した人生も送れそうにない。でもみないろいろなことを乗り越えて今日をやり過ごしている。偉大なことなんてしなくていい。つつましやかでも清く正しく、顔のみえるひとには慈愛をもって接しよう。そうして明日も生き抜こう」ってなあたりか。
 というわけで、ネットの口コミ評と、あまり都市化が進んでいない時代や土地を舞台にしたもの(つまり第30作以前)、あまり湿っぽくなさそうな話から選んで三本借りてみた。

 

第5作「望郷編」(長山藍子1970年)
 かつて私が「これは笑えない」と思った寅さんの非常識が冒頭で炸裂。正真正銘「やくざな兄貴」。今見てもドン引きだ。こんなんで「根はいいひと」なんていわれても困る。これからすると、以降の寅さんはかなり堅気でまともに思える。
「お兄ちゃん、考えることも地道にならなくちゃだめよ。あんまり飛躍しちゃだめよ」
 この作品はそこまで面白くなかった。

第8作「寅次郎恋歌」(池内淳子1971年)
 第5作ほど寅さんが性悪ヤクザでもない。目立って見所のある作品ではないが、要所要所押さえていて見やすい。しかし二時間近くあってこのシリーズの中では不必要に長い。90分前後が適切な質の映画だ。

第11作「寅次郎忘れな草」(浅丘ルリ子1973年)
 浅丘ルリ子の「ハイビカスの花」(第25作1980年)はチラ見したことがあるが、なんか辛気臭いなあ、とあまり惹かれなかった。そのルリ子の売れない歌手リリー第一作目。出てきてルリ子が薄汚いのにびっくり。玄人ならではの妖艶さもない。痩せすぎているせいだろう。マドンナってみな「そりゃ惚れちゃうよね」と女性からみても美しいひとばかりだった気がしていた。リリーは寅さんと同質の女性という設定のようなので、他の憧れの対象型マドンナとは異質。この時点でルリ子は33歳らしいが、40代前半にはみえる。毒親にドサ回りの歌手の苦労の反映か。妙なところに深いリアリティが。もちろん存在感というかオーラは充分で、リリー自体はこの映画のキャラクターとして魅力的だが。この作品はよかった。三つの中で一番いい。しかしラストでルリ子が毒蝮と結婚して堅気になっている。びっくりだ。どう「ハイビスカスの花」につながるんだ。
 

 というわけで、第二作目をわざわざ借りに行った。

第15作「寅次郎相合い傘」(浅丘ルリ子1975年)
 リリーさん、冒頭から離婚の事後報告。あっさり! 毒蝮捨てられてしまつた。伏線のようなものは第一作のラストであるのだけれど、だとしたらなおさら三太夫がかわいそう。 ちなみにおいちゃんはこの三代目の下條正巳が私は一番しっくり来ます。このシリーズ、博さん(前田吟。初期のほうはカラダもいいし、かなりかっこいい)はけっこうヘビーそうな喫煙者なんだけど、寅さんがタバコを吸っているシーンってあったっけ? 「極道モノ」「渡世人」なので、寅さんのほうが吸いそうなもんだけど。リリーはもちろんのスモーカーだし。この作品もまあまあ面白かった。哀愁部分が多く、あまり笑えはしないが。

 それにしてもこのシリーズ、総じてカメラが素晴らしい。特にとらやで大人数を撮るときの画が私は大好きだ。誰かを撮るんじゃなくて、空間をきっちり撮っていて。

※追記 勢い余って前出の作品を借りて再見、確認してみました。

第一作(1969年)
 作品上のスタイル(構成)が当然ながらまだ完成されておらず、以後のきっちり定形のあるシリーズものから見るとやや異色のつくり。おもしろさとしてはまあまあ。とにかくさくらが可愛い(8/17)。

 

第17作「寅次郎夕焼け小焼け」(1976年)
 話自体は大したことないけれど、太地喜和子、宇野重吉、大滝秀治など、華のあるゲスト名優を楽しむ作品。ほんと、太地喜和子みたいに個性的で艶っぽく、芝居のできる美人女優は唯一無二。大滝秀治の古書店のシーンがすごく好き。渥美清と大滝秀治の芝居の巧さ(コラボ)はさすが。宇野重吉が宝珠を描くところから、寅さんが書店からとらやへ帰ってきてみんなで騒ぐシーンまでの流れは個人的にツボ(太地喜和子の出番がないのが残念)。何度見ても楽しめる。黄門様はここでは悪い越後屋役。
 ただ最近みた作品中、このぼたんに対してのみ寅さんは惚れていない。ほとんどぼたんの片思い。浅丘ルリ子とか、いしだあゆみに対するような心の揺れ、「恋する寅さん」は全く描かれていない。他の憧れの対象型マドンナとも違うし。これはこれで物足りない(8/18)。

 

 それにしても寅さん、「それを言っちゃあおしめえよ」っていうけれど、あれだけのことしたらそりゃ「出てけ」と言われるわな。

※追記:第16作「葛飾立志編」(樫山文江1975年)もなかなか良かったです。小林桂樹が特によい。桜田淳子は既にこの時点で立派な女優。(2017/7/25)
 

※注:文中に示されている役者の年齢は撮影当時のものではなく、公開時です。おおよそとして参考にしてください。
※第9作「柴又慕情」(吉永小百合)はコチラ
※第22、25、27作はコチラ