http://toyokeizai.net/articles/-/41771


 南シナ海が紛争の海になりそうだ。7月1日にベトナムのグエン・フ―・チョン共産党書記長が戦争の可能性も含めてあらゆる可能性の準備をすべきと表明するなど、中越関係が非常に悪化している。
 きっかけは今年5月、中国がベトナムも領有権を主張する南シナ海のパラセル諸島近海で石油掘削を開始したことだ。以来、同海域で両国の船舶が衝突を繰り返している。南シナ海は我が国のライフライン。さらに中国は東シナ海の尖閣諸島を狙っている。
 こうした情勢で、日本はアジアの一員としてどのように行動すべきなのか。衆院議員時代に日越友好議連会長を務めるなどベトナムに関する第一人者である武部勤氏はどう思うのか。その考えを聞いた。



中国の楊潔チ国務委員(外交担当、副首相級)は6月18日、ハノイでファム・ビン・ミン副首相兼外相と会談した

武部 実は安倍(晋三)首相が二度目の首相に就任する前に、「政権に復帰することがあれば、是非ともベトナムとモンゴルを訪問してほしい」と手紙を書いたことがあったのです。実際に安倍首相は、首相に就任してすぐの2013年1月にベトナムを訪問され、3月にモンゴルを訪問されました。首相がアジアを重視される姿勢は誠に喜ばしいと思っていますよ。

そもそも私がベトナムを重要な国だと思ったのは、秘書としてお仕えした故・渡辺美智雄先生の影響です。渡辺先生は「インドシナ半島の民生が向上すると、アジアの平和と世界の繁栄に繋がる。ベトナムはアジアの大国だ」と言っておられたからです。

確かに9000万人の人口を持ち、石油や石炭、天然ガスなどエネルギー資源に恵まれているベトナムは潜在的な大国といえるでしょう。33万平方キロメートルの国土は日本よりやや小さいですが、南北に長い海岸線を持つという点で日本と共通していますね。
何度も侵略を受けてきたベトナム

――中国という隣国を持つという点でも、日本とベトナムは共通しています。

武部 同じ隣国を持っていても、海を隔てている日本とは異なり、中国と陸続きのベトナムは何度も侵略を受けてきました。中国はベトナムが豊かになり、大きくなろうとすると叩いてきました。ベトナム戦争でも、中国はいちおうベトナムを支援したことになっていますが、早期終結を求めていたわけではありませんでした。なるべくベトナムの国力が弱まるように導いていく―それ中国が昔からやってきたやり方で、これこそ中華思想なのです。

中国は簡単に自分の姿勢を変えることはありません。よってベトナムの歴史とは、こうした中国に抵抗し続けた歴史といえるものでした。中国から1000年もの支配を受けたため、科挙制度や漢字など中国の影響が強い制度もありました。こうしてベトナム人のDNAには、容易に解消できない中国への警戒感がしっかりと刻まれているのです。

そうした経験があるからでしょう、ベトナムは外交がとても上手です。ベトナム戦争でも、国際社会を味方につけて終結に導きました。今回の中国によるパラセル諸島近海での侵奪についても、国際世論をうまく導いていくに違いありません。中国船は何度もベトナムを挑発していますが、これはベトナム海軍の軍艦の出動を狙っていたという話があります。中国にすれば、1979年の中越戦争でやられたという痛い記憶がいまだあるものの、海に出れば勝てると踏んだのかもしれません。しかしベトナムはそれに安易に乗りませんでした。




――今回、ベトナムで中国による石油掘削直後から反中デモが勃発しています。その影響はどうですか。

武部 確かに中国系企業が撤退するなどの多少の経済的な影響はあったでしょう。しかし彼らはすでに経験していますからね。南北ベトナムが統一した時に私企業が国営化され、華僑が経営していた企業も接収されることになりました。その時、中国は華僑資本を一斉に国外に撤退させたのです。この時のベトナム経済の痛手は大きかった。でもそうした学習効果から、今回も中国企業がベトナムから撤退しても、経済に大きな混乱をもたらさないと思います。

幸いなことに、ベトナムは中国以外の国との関係は良好です。フィリピンも中国に海域を侵奪されていますので、ベトナムと領有の主張で重なる海域があるにもかかわらず、とりあえず手を組みました。

日越関係も極めて良好です。昨年は国交正常化40周年に当たり、今年3月にはチュオン・タン・サン主席が国賓として来日されました。安倍首相との日越首脳会談では、両国の「広範な戦略的パートナーシップ」を発展させることで合意に至っております。

東南アジアの国々が安倍首相のリーダーシップに対して抱く期待はとても大きいといえます。そもそも現代では、1国で安全保障を確立することは困難です。ましてや中国とベトナムのように国力に差がある国家間で紛争が起こった場合、バランスをとるのが非常に難しい。他の関係国の力などさまざまな要因が働いて、ようやく決まるものですから。
阿部仲麻呂以来の関係

武部 そうした意味では古来より、日本とベトナムは歴史的な繋がりを持ってきたよき友人であるといえます。奈良時代、遣唐使だった阿部仲麻呂が長安から日本に戻る際に難破し、安南に漂着しました。帰国こそかないませんでしたが、その後に阿部仲麻呂は安南節度使など重職を務めています。また1601年に徳川家康がベトナム南部の将軍であったグエン・ホアンから書簡を受け取り、約40年間交易を行っていました。ホイアンを拠点に、日本人街が作られたこともあった。それほど交流は盛んでした。

近代ではファン・ボイ・チャウやファン・チュー・チンが1905年、日露戦争で日本が勝利したことにあこがれて、当時ベトナムの宗主国だったフランスから独立するために日本に武器援助を求めてきました。

これに対して大隈重信や犬養毅は、武器援助を断りました。しかしそれ以上に大事なことで応援してやろうということになり、人材育成のためにベトナムから留学生を迎えることにしたのです。これがドンズー運動(東遊運動、20世紀初めベトナム人青少年を日本に遊学させようという運動)です。いまもベトナムにドンズーという名前の学校がありますよ。


――こうした歴史に基づく友好関係が、現在のベトナムにも息づいているということでしょうか。

武部 社会主義国であるベトナムは、中国と同じ共産主義国家と見なされることが多いですが、実際にはそうではありません。中国は共産主義革命によって、その5000年の歴史を否定しました。一方でベトナムは社会主義国家の建設を目指しましたが、歴史や文化を否定したわけではありません。国父と言われるホー・チ・ミンは祖国建国の際に、ファン・ボイ・チャウから反植民地主義を取り入れ、ファン・チュー・チンから反封建主義を取り入れたのです。そこには歴史の否定はありません。そもそもベトナム憲法には「敬老精神」をうたった文言が入っています。儒教の教えがなお色濃く残されているのが、ベトナム社会なのです。大乗仏教の信者も多く、日本との近似点は少なくありません。
ピンチをチャンスに

――今後、日本はどうすべきでしょうか。

武部 ベトナムなど東南アジアは日本の安全保障にとって極めて重要な国であることを理解しなければいけません。メコン諸国が安定する意味は大きいのです。ベトナムは日本のシーレーンにあり、船舶の安全航行の鍵を握る国です。また日本のリーダーシップに対する期待もあります。まだ日本が経済大国であるという信用があるのです。日本なら任せられるという期待も大きい。そうした信頼をより醸成し、協力関係を構築する必要があります。

また日本にとっては、中韓が慰安婦問題にこだわっていることがネックです。しかし東南アジア諸国はそうしたこだわりは大きくありません。

そういう意味で、ベトナムなど東南アジア諸国との連携をさらに強める必要があります。そのためにはベトナムとの間の「3大案件」、すなわち高速鉄道と高速道路、そしてホアラック・ハイテク・パークの建設計画を進めなければいけません。ホアラック・ハイテク・パークには優秀な人材が求められ、そのために「アジアのハーバード」が必要です。私たちが日越大学の建設を計画しているのは、「アジアのハーバード」は本来はアジア人が作るべきだという考えに基づいているからです。

私はピンチをチャンスにできると思っています。中国が「太平洋の西半分は我々が支配する」と公言しながら進出してくるのはピンチですが、これに対して日米のみならず、アジア諸国が結束すれば、いい結果が生じるに違いありません。そうすれば、アジア全体の平和と繁栄が実現するのです。そのためにも、不要な力の台頭を許さないという毅然とした姿勢を見せることが必要ですね。






http://diamond.jp/articles/-/55505

 低コスト生産の魅力が減退する中国。現地に進出する日本企業なら一度は撤退を考えたことはあるだろう。だが、現実を知って愕然とする。「撤退したくとも撤退できない」からだ。

 撤退コストを算盤で弾けばざっと1億円、董事会(取締役会に相当)もなかなか首を縦に振らなければ、手続き関係もややこしい。中国の動画サイトでは、日本人経営者が中国人の工員に吊るし上げられ、土下座して謝っているシーンが流れる。となれば、結論はこうなる。

「じっとしているのが一番だ」―――。

 だが、「ここに居続けていいのだろうか」という思いも払拭できない。中国はもはや低コスト生産の適地でもなければ、ハングリーな労働者が集まる拠点でもなくなった。日本の、とりわけヒト・モノ・カネにも限度がある中小の製造業にとっては、これ以上赤字を垂れ流している場合ではない。では、どうしたらいいのだろうか。

 本連載第147回「中国でのビジネスは“潮時” 引き際でも悶絶する日系企業」を読まれた読者の方から、1通のメールをいただいた。メールの主は撤退に成功した日本人経営者だ。そこにはこう書かれていた。「中国からの撤退には秘策があります」――。筆者は早速、この人物を訪ねた。なお、匿名を希望されているため、ここではA社長と呼ぶことにする。

~ 物は盗む、仕事はしない…撤退の動機は「我慢の限界」 ~

 首都圏で自動車部品の製造を手掛けるA社長の会社B社が中国に単独出資で進出したのは2001年にことだった。13年前、中国は「世界の工場」として脚光を浴びつつあった。4000万円を投じて、2000坪の土地を購入、そこに工場建屋を建築した。安価な人件費で製品を加工し日本に輸出、そこから欧米に販売するモデルは、この中国沿海部を舞台に急速に発展し、売上もうなぎのぼりに上昇した。

 B社はいわば日本の町工場に過ぎないが、それだけに身軽さがあった。A社長は自ら現地に乗り込み、代表権のある董事長となり、すべての株を掌握する形を取ることでスピーディな事業展開を可能にした。従業員もピーク時には85人を抱え、「このまま行けば長者番付に名前が出るかも」、そんな本気ともつかない冗談すら出るほど、現場は好回転した。

  本社社長室の壁には、中国の地方紙が額に入れられ掲げてあった。よく見るとそこには若いA社長が映っていた。中国で小学校を建設する希望工程への寄付が取り上げられたのだ。「地元密着型の企業を目指す――」、新聞はこの現地法人のそんな前向きな取り組み姿勢を紹介していた。

 A社長にとって、中国の従業員は名実ともに“家族”だった。従業員の個人的なトラブルのみならず、その家族まで面倒をみた。盆暮れの労いや病人の見舞いなども決しておろそかにはしなかった。おかげで十数年も共に働く「老員工」(古株)にも恵まれた。B社は地元が誇る唯一の日本企業でもあった。

 それから12年が経った昨年末、A社長はある大きな決断をした。それは中国からの撤退だった。「我慢の限界」――それがA社長の偽らざる心境だった。

「物は盗む、仕事はしない。(月給が)10元違えばよそに行く」と、農村出身の従業員にはほとほと手を焼いた。10年前はハングリーさと手先の器用さが評価された中国の労働者たちも、昨今は「80后(80年代生まれの若者)は1時間で辞職する」など、質の劣化が進んでいる。日本で採用し一人前に育てたはずの人材も、中国に赴任させれば一人の例外もなく会社の金を使い込んだ

人件費、原材料費が上がり出した中国のビジネス環境は、2000年代初期とは明らかに違うものになっていた。ふたを開けてみれば、コストは進出当時と比べ5割も上昇していた。急成長した中国での事業だったが、振り返れば2005年をピークに徐々に成長の鈍化が始まっていたのだ。

 中国に拠点を置く意味は次第に薄れた。むしろ中国からの出荷体制を維持することは、個別の受注に即時対応できないというチャンスロスにもつながった。「気がつけば3割の客を逃していた」とA社長は語る。

「撤退しない限り、赤字を垂れ流すことになる」

 すでにこのとき、A社長を支配していたのはこうした強い危機感だった。「撤退するなら今しかない」と腹をくくった。

 中国から撤退するには、会社自体を解散する清算や破産以外に、合弁パートナーに自社持分の譲渡をするという方法が採られることが多い。いずれのケースも董事会での承認が必要となるが、そもそも中国人役員らにとっては職を失うことにもなりかねず、なかなか彼らは首を振らない。

中国ではよく台湾人が“夜逃げ”という手段を選ぶが、それにはもっともな理由がある。つまり、撤退を正攻法でやっても埒が明かないのである。

 しかも、「撤退させたくない」のが地元政府の本音だ。「はい、そうですか」とハンコを押してくれるわけがない。前述の本連載第147回でも記したが、撤退は経営者が最後に課される「悶絶の苦しみ」であり、中国脱出のための「最後の闘い」となるのである。

~ かくなる上はゲリラ戦法 “風林火山”を地で行く ~

 だが、A社長には“秘策”があった。言ってみれば「ゲリラ戦法」である。その戦術はまさしく、武田信玄の風林火山だった。

「疾(と)きこと風の如く」は「スピード」を、「徐(しず)かなること林の如し」は「隠密裏に行動」、また「侵掠(しんりゃく)すること火の如く」は「勢いを持って団結を解く」、「動かざること山の如し」は「決意を翻さない」というのが、中国撤退のキモなのである。

 A社長はまさにこれを地で実践した。決行日は2014年5月5日。この日に向けて昨年後半から、着々と手を打ち始めた。

 迷ったのは、この計画をまず誰に打ち明けるか、だった。隠密裏に行動しなければならないとはいえ、決行には仲間が必要だ。「金を積まれればなんでもしゃべってしまう連中、そこは警戒した」とA社長、だが意外にも腹心を得ることに成功する。

 力になってくれたのは、皮肉にも地元政府に勤務する5人の友人だった。日頃の腹を割ったつきあいがこのとき活きた。協力的な中国人弁護士も現れた。“中国流ゲリラ戦法”を示唆したのもこの弁護士だった。

 撤退計画の第一歩を踏み出すには、大義名分が必要である。企業が撤退すれば、地元の税収にも雇用にも影響する。基本的に撤退を承諾したがらない地方政府に、いかにしてそれを認めさせるかだ。

 それには「現地法人を存続させる」という前提が必要だ。そこで有効なシナリオは、「A氏は現地法人の董事長を退任するが、後継者がいる、すなわち現地法人はなくならない」という絵図を描くのが理想となる。しかも、退任理由はA社長個人の「体調を壊したので日本で入院する」。これなら地元政府も文句は言えまい。

 A社長はまずは関係当局に出向き、「体調を壊しこれ以上事業が継続できない」と訴え、「自分は退任するが、新しい社長がいる」と伝えた。A社長にとっては事実上の撤退だが、地元政府にとっては“代表者の交代”だと理解させたのだ。しかし、水面下でA社長は、中国人新社長と“工場売却の密約”を取り交わしていた。

 他方、新社長はこれまでとは異なる新事業を立ち上げるため、社名変更と営業許可証の申請が必要となった。この営業許可証の取得は難儀で、たいてい書類はたらい回しにされ時間ばかりが過ぎて行く。これがうまく行かないと、A社長の計画も水泡に帰す。だが、これもA社長の“友人”が裏で手を回し、ものの数時間で許可が下りた。

~ Xデー目指し一気呵成に決行 「今日から新しい董事長になるCさんです」 ~

「撤退決行Xデー」は5月5日に決めていた。もともと中国では3日間の連休だったが、従業員には連続して6日の長期休暇を与えた。その間、A社長は工場の機材や私物を運び出した。手助けしてくれたのは、地元の“威勢のいいお兄ちゃん”たちだった。彼らはこの休日中に40トントラックを運転し、5人の人足とともに工場にやってきた。

 設備や機械などは分解し、これをトラックに搭載した。エアコンなどの室外機も近所から専門業者を探し出し解体させた。金属なども溶接機で切って鉄くずにし、十把一絡げで投げ売りしたが、それでも手元に100万円が残った。5月4日にはこの工場はすっかり「もぬけの殻」状態になっていた。

 翌日、何も知らされていない従業員はいつも通り出社した。だが、なぜか工場にはカギがかかっている。案の定、「どうしたんだ!どうしたんだ!」と大騒ぎになった。

 A社長はパニックに陥る従業員を一堂に集め、騒然とした空気の中で新社長を紹介した。

「こちらは、今日から新しい董事長になるCさんです」――

 予想どおり、従業員は騒ぎだした。手元の携帯電話で警察を呼ぶ者もいれば、労働局に通報するもいた。即座に組合が結成され、賠償を要求し始めた。事態は一触即発、緊張感が一気に高まるも、すでに目の前の局面の収拾はA社長の手を離れていた。

 A社長はこう言った。

「あなたたちはこの段階で、すでに私から解雇されています。これから先のことはC新社長が引き継ぎます」

 問答無用とばかりに、A社長自ら、過去12年にわたる中国でのものづくりの歴史に幕を引いた。

 従業員にとっては不測の事態だったが、A社長にとっては計算済みだった。こうしたトラブルを予期して、C新社長には「従業員のケアをすべて行ってもらう。もしトラブルに発展したら上海の司法に任せる」という一筆にサインをさせていた。従業員の補償問題はC社長が負うことになったが、これもほどなくして鎮静化した。

 もともと中国では、経済補償金(退職手当)を次のように弾き出す。すなわち、「10年勤続であれば10ヵ月分、5年ならば5ヵ月分(の基本給を支給)」といった法定基準額に、若干の“色づけ”をするのだ。たとえばナイキが江蘇省にある靴の生産ラインを撤退させる時には、「法定基準額+1ヵ月分」という形で処理した。

 B社の場合、労働契約は1月1日~12月31日まで。雇用契約が終了したのは5月なので、残りの7ヵ月分を追加して補償することにしたのだ。10年勤続ならば、「10ヵ月分+7ヵ月分」となり、従業員にとっても悪い話ではない。即、納得という形で収束した。

 撤退関連の費用は50人程度の日系企業でも1億円と言われている。だが、それらのうち大部分は、協力者を動かすための必要経費だともいえよう。それをどれだけ圧縮できるかは経営者本人の手腕にかかっている、というわけだ。

 たとえば、A社長が協力を得たのは5人の役人だった。普通ならばひとり100万元(約1600万円)はかかるだろうが、これを一切ナシで済ませた。A社長は言う。

「撤退がらみで、多少の食事代の出費はしましたが、それを除けば一銭も使いませんでした」

~ 最後に力を貸してくれるのもまた中国人 「平和裏に話し合いで」は通用しない ~

 A社長にとって最後に残る関門は、どのように利益を中国から運び出すか、であった。これはまさしく進行中であるので、成功を待ってから機会を改めてお伝えしたい。

 さて、この撤退劇は、「スピード」そして「隠密裏に行動」、さらに「勢い」が成功を導いた。これらは、本人が「何としても撤退する」という強い意志を持つことで成就したと言える。「風林火山」はもともと孫子の兵法の一説であり、現代中国のビジネス社会でも有効な戦術。A社長は無意識のままにこれを実践していた、というわけだ。

 日本人はとかく「平和裏に話し合いで」と、相手も自分も傷つかない方法を選びたがるが、ひとたび国境を越えればこんな甘い話は通用しない。「入郷随俗」(郷に入れば郷に従う)は中国に来た日本人が一番初めに刷り込まれる格言だが、このとき日本人は「ここでは日本の常識は通用しない」ことを悟る。これは撤退においても十分に通用する道理であり、強引にでも自分の決めた結論に向けて突進するしかないのである。

 B社の事例は、日本の中小企業が独資で進出した場合の撤退事例であり、すべての日本企業に当てはまるわけではない。それでも他社にとっても教訓になるのは、「最後に協力してくれるのも、やはり中国人」だということだ。

 その協力者を日頃から育てていたのがA社長だった。もちろん当初からこの「撤退劇」を想定していたわけではないが、結果として人脈が生きた形になった。撤退成功のカギは「中国人の仲間」だ。「金銭なしに動いてくれる中国の仲間」さえいれば、脱出作戦は半ば成功したと言えるのではないだろうか。

筆者より:冒頭でも記したとおり、この“撤退奮闘記”は、読者からの情報のご提供により原稿にさせていただく機会を得ました。今回、A社長ご本人からは「私の経験が日本の経営者の方々に少しでもお役に立てれば」とのメッセージも頂戴しています。この場を借り、心からのお礼を申し上げます。




http://it.impressbm.co.jp/articles/-/11510

 国際ロボット連盟(IFR)が発表した最新統計によると、中国が2013年に購入した産業用ロボットは3万6,560台で、購入数で初めて日本を 追い越し、中国は世界最大の産業用ロボット市場となった。この3万6,560台という数字は、2013年に製造された産業用ロボット5台のうち1台は中国 が購入したことを意味し、購入量は前年比で60%近く成長したことになる。なお、2013年における日本の購入数は2万6,012台、3位は米国の2万 3,679台であった。

 IFRの報告書は、中国で産業用ロボットの需要が急速に拡大した背景として、製造業における人件費の高騰とその他の新興経済体との競争激化などの 影響を挙げており、企業が生産性の向上を求めた結果だと指摘している。また、同連盟の統計では、中国の製造業において、従業員1万人における産業用ロボッ トの平均保有数はまだ23台であるが、韓国ではすでに396台にも上っており、中国市場における潜在的な需要は凄まじいことがうかがえる。コンサルティン グ会社のソリディアンスの研究報告によると、中国で最も産業用ロボットの需要があるのは自動車産業で、その需要は全中国の60%にも相当するという。

 現在、産業用ロボットの稼働台数では日本がダントツの1位となっており、2012年の稼働台数は日本31万台、中国9.6万台、米国16.8万台 となっている。ソリディアンスでアジア太平洋部門責任者を務めるピラー・ダイエッター(Pilar Dieter)氏によると、スイスのABB、日本のファナック、ドイツのKUKAロボティクスなど世界的に有名な産業用ロボットメーカーがこぞって中国市 場での開拓を加速しているという。「中国市場での産業用ロボットの販売高の約半数は日本の6メーカーが占めており、中国を代表する国産産業用ロボットメー カー4社のシェアはわずか5%にとどまる」(同氏)

レノボ持株会社、約163億円を投資して医療分野に進出へ

─第一財経日報(2014年6月17日)

 中国PC最大手レノボの持株会社であるレジェンド・ホールディングス(Legend Holdings)は先ごろ、中国歯科医院大手のBYBOデンタルグループ(拝博口腔医療集団)と戦略提携を締結し、正式に医療分野に進出することを発表した。

 レジェンド・ホールディングスによる投資額は10億人民元(約163億5337万円)前後になる見込みで、投資方法は直接投資、株式取得、債権購 入などだ。今後は双方の経営資源の相互利用を進めるが、主にレジェンド・ホールディングスの有する全国規模の営業ネットワークと公官庁とのパイプを用いて BYBOの全国展開を推進すると見られる。

 レジェンド・ホールディングス総裁の朱立南氏は、「今回の投資は当グループの医療分野進出における重要な一歩となる」とした上で、「今後は資金、 戦略、管理、ブランド開発、人材に至るまであらゆる分野でBYBOを支援し、業界のリーディング・カンパニーへと成長させる」と意気込んだ。

 BYBOデンタルグループは1993年に設立され、現在、全中国に16の事業部を有し、全国19の省と主要都市に歯科医院をチェーン展開してい る。このことから「歯科医院のスターバックス」との異名を持つ。BYBO代表取締役兼総裁の黎昌仁氏は、「第十二回五カ年計画(2011-2015年)の 実施により、中国における歯科医療の重視度は向上しており、今後わが社は2017年までに全国に200の医療機関を設立し、40-50都市間で歯科医療の 産業チェーンを構築する計画だ」と将来の展望について熱く語った。

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http://news.nifty.com/cs/world/worldalldetail/kyodo-2014062701002402/1.htm

【ブリュッセル共同】ドイツ政府は27日、米通信大手ベライゾン・コミュニケーションズとの契約を打ち切ると発表した。同社は、ドイツのメルケル首 相の携帯電話などを盗聴していた米国家安全保障局(NSA)の求めに応じ、顧客の通話履歴など膨大なデータを提供していたとされる。契約破棄は盗聴問題の 再発防止が目的とみられる。

 ドイツ内務省は「政府には高度なセキュリティー対策を施した通信インフラが必要だ」と表明。2015年までにドイツテレコムとの契約に切り替えていくという。

 内務省によると、ドイツ政府は03年にベライゾンと契約。インターネット関連とみられる。



http://news.livedoor.com/article/detail/8988388/

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都議会での「セクハラやじ」問題が連日報道される中、やじを受けた塩村文夏都議はバラエティ 番組『恋のから騒ぎ』に出演していたときの発言や、過去の『Twitter』でのツイートなどが掘り起こされ、それらがネットを中心にかなり話題となって いる。やじの問題とは切り離して考えるべきだとする声や、議員としての資質を問う声などが入り乱れてなかなかカオスな状態になっている模様である。

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こういった情報は報道されるのだろうか?

ヤジする方も、される方も同じムジナ。

そもそもこの人は議員として適している人物なのだろうか。

ヤジに注目が行っているが、今回は都議会で議論されていた内容についても検証すべきなのでは?










http://www.huffingtonpost.jp/2014/06/25/ebola-map_n_5531840.html?utm_hp_ref=mostpopular

「エボラ出血熱が制御不能」深刻さがわかるインフォグラフィック

数カ月からアフリカのギニアで始まったエボラ出血熱の感染は、現在西アフリカ全域で拡大している。現地で治療に当たっている国際医療支援団体「国境なき医師団」は6月20日、流行が前例のない勢いで広がり、制御できない状況に陥っていると発表した。

世界保健機関(WHO)の最新の統計によると、流行が始まった3月以降、6月18日までに確認された死者は330人以上に上る。

エボラ出血熱は、もともとの起源は不明だが、コウモリやゴリラ等が感染ルートとして疑われている。空気感染はしないが、患者の血液、分泌物、排泄物や唾液などの飛沫が感染源となり、体内に数個のエボラウィルスが侵入しただけでも容易に発症する。ワクチンや治療法は存在せず、致死率は50%から90%に達する。特に、現在流行しているザイール・エボラウイルスの致死率は高い。


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http://yukan-news.ameba.jp/20140627-2943/

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NASAが今回テストを完了したのは、スペースローヴァーのプロトタイプ。ごくごく初期のプロトタイプだそうですが、将来的には木星の衛星エウロパなどの観測に使用することを想定しているようです。このスペースローヴァーのすごいところは、氷が張った水面下に浮き、まるで氷の裏側が地面であるかのように走るところ。

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http://www.huffingtonpost.jp/2014/06/18/return-to-hirono-town-fukushima_n_5507109.html

「町に帰らないのは放射線量が理由ではない」 避難を続ける福島県民の本音【東日本大震災】

福島第一原子力発電所の事故によって一時は全町民に避難が指示された福島県の広野町で6月11日、「幸せな帰町とは何か」を考える国際シンポジウムが開かれた。
福島県・広野町と福島第一原発の位置関係図

福島第一原発から南に20km離れた場所に位置する広野町は、2012年3月31日に避難指示が解除され、約3割の住民が町に戻った。しかし、20~30代の帰町率が低く、さらにこの世代の女性は、男性の半分ほどしか戻っていない。

町に人が戻るためには、何が必要なのか。地元住民をはじめ、世界各地で発生した大災害による住民避難について研究している海外の研究者らが議論を交わした。

■「放射線量は、理由付けでしかない」
福島県・放射能測定マップ
放射能測定マップ

会場でひときわ注目を集めたのは、広野中学の3年生による「町に人が戻らないのは、原発事故による放射線量が理由ではない」という発言だ。福島市や郡山市などの県央の地域に比べて広野町の放射線量が低い点をあげ、「放射線量は避難を続けるための理由付けでしかない」と強調した。

では何が理由で、住民は町に帰らず避難を続けるのか。この生徒は続ける。

一番の理由は、『便利か否か』ということだと思います。私も今、いわき市に避難していますが、広野町に比べると便利。いわき市、福島市や郡山市に避難している人たちは、みな同じではないでしょうか。なぜ町民が(本音を)言わないのかというと、白い目でみられるからです

こう考えるのは、この中学生ばかりではない。震災後は神奈川県に避難し、2014年4月に3年ぶりに広野町に戻った馬上直子さん(35)も、避難先の便利さによって帰町をためらった一人だ。「神奈川に居れば、子供たちにとって、将来の選択肢が広がる」と考え、避難先の利便性にしがみついていたと、当時を振り返る。

■原発事故によって本音が言えなくなった

「利便性」以外にも、帰町しない避難者の本音は存在する。しかし、原発事故によって、広野町に本音を言いづらくなった状況が生まれたため、表に現れにくくなっている。

事故前は気軽に話していた隣の家の家族とも、原発や放射性物質に関する考え方が異なると会話しづらくなった。住民の間だけでなく、親や子供、夫婦、兄弟といった家族の間でも、心の分断が生じている。

「うちはこれだけの賠償しかもらえないのに、近所のあそこの家はもっと出ている。納得いかない」
「広野に戻りたいと夫婦は思っても、県外の実家が口を出してくる」
「夫は早く戻りたがっているけれど、原発作業員が増えて、怖い。娘もいるし。ここなら買い物も近い。」
「親は戻りたいというけれど、町には何もない。広野には高校もないし」

シンポジウムの前日、仮設住宅で避難者のヒアリングを行った専門家によると、家族と帰町について話し合いを行ったかとの質問に、住民は一斉に口をつぐんでしまったという。家の中でも難しい話題を、外で語ることは余計に難しい。


それでも専門家らは、住民が主体となって本音ベースの意見を出すことが復興には不可欠だと指摘する。アメリカの研究者は1968年のキング牧師暗殺の際に起こった暴動で、ワシントンDCの町が長期にわたって廃虚と化した事例を紹介。暴動から30年ほど経ってからやっと、街が変わり始めた理由として、住民らが自身の思いを述べ、主体的に街のビジョンづくりに参加したことをあげた。

専門家らは海外の事例として、経済力の違いや、持ち家の有無などの住民の状況によって、帰還する・しないの考え方に様々な違いが見られたと報告。それぞれの状況に応じた支援が必要と指摘する。

■町民の本音を引き出せるか

このシンポジウムを通じで、住民からは「本音を聞いてもらえる場所がほしい」との発言が何度もあったが、それは町に対して本音を伝えたいという要望であると同時に、素直に住民同士がコミュニケーションを取りたいというものでもあった。

シンポジウムでは、復興には「あらゆるステーク・ホルダーがお互いに本音の声を交換できる場をつくること」が重要などとする内容が盛り込まれた提言が採択された。シンポジウムの終了後には、福島県内だけでなく県外からの参加者からも町民らに対し、交流の場作りに参加できないかなどの申し出が行われている風景も見られた。
提言を読み上げる参加者ら
提言を読み上げる参加者ら

一方、自分の本音をまだまだ気軽に話せる状況ではないなか、広野町は2014年4月、「広野町復興計画(第二次)」を策定したと発表している。約10日間の間に19件寄せられたパブリックコメントの内容確認を経て決定されたものだが、匿名でのコメントは受け付けられなかった。

広野町はこの計画は骨組みであり、詳細は今後詰めることになるとしており、住民との合意形成のための話し合いの場も、今後設けるとしている。

遠藤智・広野町長は閉会の挨拶で、今回のシンポジウムで海外の事例が紹介されたことを取り上げ、今後の広野町の取り組みについて「世界で避難の問題に取り組む人々に対しても、大きく貢献できる」と述べた。住民の本音は今後どのように共有され、町の復興に盛り込まれることになるのか。広野町民の本音を引き出す、メンタルのケアを含めた環境づくりが急がれる。




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本音が醜いことなどとは思わない。
大切なのは、皆が幸せになること。

逆にホンネの部分を理解せず、誤った認識の元で議論すればするほど、物事の解決から遠のく。
誤解の上で構築された議論ほど意味の無いものは無い。互いを傷つけあうだけとなってしまう。そこに何の解決も存在しない。

選択的に情報を報道するマスコミは百害あって一理なし。
報道機関としての資格なし。