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大きなひとつの木の下で

中性的に生きたいトランスジェンダー(MtX)のブログです。日常やセクシャリティについて書いてます。

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お久しぶりです。
気づけば、早5ヶ月も記事を更新していませんでしたー。

実は、この間に一人暮らしを始めたりして、だいぶ環境が変わりました。
あ、あと人との繋がりもえらい充実してます。笑

毎日は難しいかもしれないけれど、この場で少しずつ何かを出していければ、って思います。
どうぞお付き合いくださいませー。



最近は友人を含め、色んな方と食事をしたり飲んだりする機会が多いです。

そんな中、カムアウトして理解してもらえれば、男女関係なく付き合えるんだと実感しました。

Xジェンダーである利点のひとつかな、と思ったり。



今日の最後に、人との繋がり充実してるんだぜ自慢、その1。

写真は、この頃お酒の席に誘ってくださるバイト先の方からの、少し早い誕生日プレゼント。
コラーゲンドリンクとフェイスマスクです。

気持ちもお品物も、すごく嬉しい!
とてもお美しい方なので、美容のものをいただくと、すごく励みになります。
本当にありがとうございます!
たしか物心ついてから小学校低学年くらいまでの話です。

小さい頃、自分は、もうひとりの自分を作って遊んでいました。

もうひとりの自分は女の子で、ちゃんと名前までついていましたねー。



そして、男の子の自分と女の子の自分を、その時々で使い分けていました。

親に名前を呼ばれても、「今は○○(本名)じゃなくて△△(女の子の自分の名前)なの!」とか平気で言ってた覚えがあります。

興味の対象も両極端で、ウルトラマンと車、セーラームーンとぬいぐるみが好きな子どもでした。

ちょっと変わった子ですね。笑



車のイラストがついている青い自分のサイフを持って、セーラージュピターの人形を買ったこともありました。

そのとき、父親に「友達へのプレゼントだといって買いなさい」と言われて、嫌な気持ちになったことを覚えています。

そうやって、少しずつ周りから抑制されて、小学校低学年くらいには、女の子の自分を出さなくなりました。

はっきりと止められたことは多くないけど、子どもってなんとなくわかるんですよね。



また思い出したら書きます!
『片想い』著者/東野圭吾

物語は、元ラグビー部のメンバーが集まって飲み交わしているシーンから始まります。

この小説は、読み進めていくと、トランスジェンダーやインターセクシャルの人物が何人か出てきます。

中でも印象的なのが、美月という名前で呼ばれるトランスジェンダー。



美月は、身体的には男性ホルモン治療をしている女性です。

でも、精神的には男の部分も女の部分も持っている、というふうに描かれています。

美月の精神は、その時々で男であったり女であったり、男と女の真ん中であったりします。



なんだかXジェンダーっぽい美月だけど、たしかに自分も、その時々で変わるなあと思いました。

わかりやすいのが一人称ですねー。

文面だと「自分」ですが、話しているときは「僕」「俺」「私」を使います。

その時々で、しっくりくる一人称が変わるんです。



ところでこの小説、電車に乗っていたら、向かいの席のお姉さんがたまたま読んでいました。

よくわからないけど、なにかしらバレないか1人でドキドキしてました。笑