ここ数日、よくグラスが割れる。
先日は私が立て続けに二個。
昨日と今日、長男が一個ずつ床に落として割れた。
下の階の人に申し訳ない。
毎日ドでかい破壊音が響いているだろうからなあ。
この話を姉にしたら、
「きっとグラスが身代わりになってくれたんよ」
と言った。
これから起きるかもしれない何か縁起の悪い事が、
グラスが割れた事で帳消しになったらしい。
そう言われると、
なんだか有り難い気がして来た。
でも、昨日は散々掃除をしたのにも関わらず、
足の裏にすっごい小さなガラスが刺さった。
これが意外と痛い。
小さい欠片だからなかなか取れないし。
これって十分身に起きた悪い事だよなあ。
だけどもっと悪い事が起きていたかもしれないし。
なんて事を考え始めたら、
一体私に何が起きようとしていたのか怖くなる。
人生において、
不運は突然降り掛かる。
時には幸運も突然降り掛かることもあるけど。
この5分後に車が電柱にぶつかるなんて思ってもみなかったのに、
ぶつかる。
たまたま久しぶりに今日この服を選んだら、
友達とかぶる。
この道を選んでなければ、
あいつに会う事もなかったのに。
こういった未来の不運は、
どんなに誠実で堅実な生活を送ったとしても、
どうやったって逃れられない気もする。
グラスが身代わりになって、
何から私は逃れられたのか、
一生知ることはできない。
でも、
姉のように物事を考えてみれば、
グラスが割れたという不運も、
幸運にかえる事が出来る。
そうすれば、
グラスの破片を掃除する時にイライラして、
息子に八つ当たりすることもなくて、
八つ当たりされてムカついた息子が非行に走る可能性もなくなる。
不運を幸運に切り替える事ができたら、
人生は随分と楽しい物になるだろう。
「あ~!生きてて良かった!」
って、
毎日思う事が出来るだろうな。
そんな毎日って、
楽しいのかな。
幸福感ばかりの毎日って、
成長できるのかな。
そもそも、
成長することは人生において必要なのかも分からない。
すっごく楽しくて充実した毎日でも、
80才くらいの時に、
なんか知らん人に刺されて死んだりしたら、
やっぱ納得いかない気もする。
散々やらかして借金まみれになって、
ホームレス生活を続けて家族にも見放されて、
80才くらいの時に、
通りすがりのすっごいイケメンに
「大丈夫ですか?!」
とか言われながら死んだら、
まあいっか!
ってなる気もする。
人生って、
どの辺りが重要なんだろうか。