閃いた事があったので書いてみる。
子供を産んでしばらくすると、
少しずつ躾を始める親は多いと思う。
「ちゃんと座って食べなさい」
とか
「おもちゃを投げてはいけません」
とか。
子供が成長するごとにそれは増えていく。
そもそも子供に躾をするのは、
世の中で人様に迷惑をかけず生きて行って欲しいから。
道を外すこと無く、平和に幸せに生きて行って欲しいから。
私の場合はこういった根拠の元にある。
それでも多少道を外しながら成長する子供は少なくない。
多少なら、のちに笑い話にすることもできる。
しかし、シャレにならない外し方をする子供もいる。
どうしてだろう?
車を運転しながら思い付いた。
子供達は、人間的にダメな親に育てられたとしても、
たぶんグレない。
ダメな人間のくせに偉そうに説教してくる親に育てられると、
グレるんじゃないだろうか。
こないだドキュメンタリーな番組をテレビで観ていて思った。
そこに映し出されるのは100%ダメな母親。
しかし子供達はそんな母を支えながら傍から離れないのだ。
カメラに向かって
「お母さんは頑張っているんだ。」
と涙ながらに語るのだ。
一体どういうことなのか?とすごく疑問だった。
でもそう言われてみれば時々、
こういったダメ親の傍で悟りを開いたかの如く、
献身的に生きる子供達を見たり聞いたりしたことがある。
場末のホステスの子供として生まれ、
母親は酒に溺れ、父親は浮気ばかり、
貧乏で学費さえ払えない状況でも道を外さない子もいれば、
反対に、
医者や弁護士の子供として生まれ、
お金もあり地位と名誉のある親元で育っても道を外す子はいる。
環境っていうものは、ほとんど関係ないんじゃないか。
パブロフの犬の如く理屈抜きで親に従っていた子供が、
成長するとともに、親の言葉に矛盾を感じ始める。
いつしか、「この人は親だけど間違っている」と気付く。
そんな人間から、今までと同じように上からモノを言われると、
反抗心が生まれる。
「お金は大事にしなさい」と言いながら、
狂ったようにバッグを買い漁る母親。
「差別をしてはいけない」と言いながら、
「あの友達とは関わりを持つな」という父親。
そういう矛盾が重なって許せなくなった時、
子供は反抗心から道を外すのではないかと思う。
酒に溺れ、女に狂い、働きもしない親だとしても、
「もうこんな毎日嫌だ。死にたい!」
と叫ぶ母だったり、
「バカヤロー!二度と帰ってこねーぞ!」
と暴れる父であれば、
子供からそれを見た時、
彼らの言っている事とやっている事に矛盾を感じない。
こんな親たちは多分、
「お金を大事にしなさい」とか「差別をしてはいけない」とか、
絶対言わないと思う。
子供はこんな親を見ながら、
「お金を大事にしよう」とか「人には優しくしよう」とか、
自ら学んで行くことになるからこそ、
彼らは道を外さないんじゃないかと。
ということはつまり、躾などしても意味がないということか。
子供にグレて欲しくなければ、
親が必死に子供の歩く道を作るのではなく、
自分の歩く道を自分で作って、
ひたすらそこを歩いていればいいのだ。
そこには絶対に矛盾が生まれない。
親に矛盾を感じなければ、
子供に反抗心は芽生えない。
ゆえに、道を外す事もなくなるというわけだ。
マイ方程式の出来あがり!