今は亡きナタリー・コールの2008年のライヴを観た際のリポートです。
この時既にかなり体調は悪そうで、本文にも書きましたように、連日1週間のライヴ・スケジュールがありながらも多くのショーがキャンセルになってしまったほどでした。
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6/29 Natalie Cole @Blue Note Tokyo
5月から6月にかけて、ブルーノートや系列店のコットン・クラブに行くと、今後のスケジュールということで、それぞれの店に出演予定のミュージシャンのビデオが流れるが、その中でとても良かったのがナタリー・コールの前作「LEAVIN'」からのタイトル曲のプロモ・ビデオ。
その時点でこのアルバムは持っていなかったけれど、曲目を見るとニール・ヤングの"Old Man"やトム・ヤンスの"Loving Arms"なんて、思わずニヤリとするような曲も入っていたので、買って聴いてみたら、やっぱりシェルビー・リン作の例のタイトル曲が何度聴いてもよくて、これを生で聴きたいという気持ちになり、もう公演まであまり日にちがなかったが、ブルーノートに予約してしまった。
高額のチャージにもかかわらず、ほとんどのショーはSOLD OUT状態だったが、6/22と6/29の共に第二部ならまだ若干余裕があるということで、22日は丁度仕事が忙しい時期で体力的に辛そうだったし、最終日の29日のセカンド・ショーを選んだ。
さて、東京公演がスタートし数日後、ある友人から「今回の来日公演はかなり悲惨なものらしい」というお知らせをいただいた。
先日のロバータ・フラックの最悪のライヴを想像してしまい、この人も自己管理の出来ないワガママな女王様と化してしまったのか.....と思っていたら、その後吉岡正晴さんのソウル・サーチンでも彼女の公演レポートがあり、事はもっと深刻であったことを知る。
何と彼女は車椅子で登場し、声も思うように出ていない状態だったらしい。それもその日はセカンド・ショーがキャンセルになったとのこと。
あわててブルーノートのHPを見ると、公演キャンセルのおわびが掲載されている。それも火曜・木曜・金曜(水曜はオフ)と連日セカンド・ショーがキャンセルとなっていたようだった。
それなら何でそんなヒドイ状態の中、1週間の長丁場で連日2ステージというスケジュールそのものをキャンセルなり延期なりにせず、強行したのだろうか?という疑問が僕の中にあった。
表向きには「腰痛の悪化」という風に公表されていたそうだが、もしそれが一時的なものなら、延期にしてベストな状態で改めて公演スケジュールを組み直すのが、主催者側としての誠意ある対応なのではないか? また本人にとっても、違約金など経済的なデメリットはあるかもしれないが、ぶざまな姿をさらして不本意なステージを客に見せるよりは、その方がベターだろうに.....と考えた。
でも(ここからは色々な情報から結論した完全に私個人の憶測に過ぎないことをご了承ください)、もし彼女が何かもっと重い病気にかかっていて、これから長い闘病生活を余儀無くされているのだとしたら......、この無謀な強行にも納得がいく。
もう内容には全く期待できなかったけれど、きっとプロのエンターテイナーとしての並々ならぬ決意があることだろうし、それを確認しに行ってみようと気持ちを切り替えて、見に行くことにした。
当日はいかにも梅雨らしく雨が降り続く。
土曜日のセカンド・ショーもキャンセルになっていたことを知り、いよいよ現地に行ったところで果して見ることができるのかどうか不安に思いながら、雨の中を表参道駅からブルーノートまで歩いた。
入口から階段を降りて地下のフロントに行くと、平常通り受け付けていた。とりあえずショーは行なわれるらしい。
遅めに行ったので整理番号は69と良くはなかったが、ひとりで行ったので、ステージ中央の後列テーブル席に運よくつけた。
待ち時間の間、まわりの会話が聞こえてくるが、大方の人はすでにナタリーの不調を知っており、どうなるか気をもんでいるようだった。そして定刻から10分くらい遅れてピアノ、ベース、ドラムスの3人が登場し演奏を始めた。
メンバーのオリジナル曲"Spring Action"に始まり、"Singing In The Rain"、ハンコックの"Driftin'"と続き、ジョビンの"Wave"が始まると、コーラスを含む他のメンバーが相次いでステージに登場。いよいよナタリーの出番が迫ってくる。
こちらもドキドキしてきた。
MCがあり、噂どおり車椅子でナタリーがスタッフに運ばれてくる。そこからステージに挙げるわけだが、そのために本来なら特等席であるステージ前の中央最前列のテーブルが撤去されていた。
大柄の彼女をステージに何とか上げて、椅子に座らせるまでの間、彼女はほとんど為されるがままという感じで痛々しかったが、座ってこちらを向くと、後は最後まで笑顔で通した。
簡単な挨拶があり、1曲目は"Why Don't You Do Right?"。予想以上に声は出ていたと思う。ペギー・リーのレパートリーが続き"Fever"では、微妙なコントロールは辛そうだったが、声に艶もあり悪くない。更に"Nice 'N' Easy"、"All The Things You Are"と続くが、スキャットのパートも無難にこなしていた。
何よりも1曲ごとに観客の拍手や声援がとても温かく、ナタリーもそれに応え、とても上機嫌だった。
吉岡氏のレポートにあったような、咳払いや、水で喉を潤す場面もなく、トークではジョークも交えていた。彼女の体調も少し上向きになっていたのかもしれない。
トニー・ベネットをはじめ多くの人がレコーディングした曲と言う紹介ではじまった"The Best Is Yet To Come"、カーメン・マクレエも歌っていた"Coffee Time"など、ゆったりとしたリズムの曲が続いたあと、これまでのセット・リストでは見かけなかった映画「バグダッド・カフェ」のバラード曲"Calling You"が歌われたが、これが今回のハイライトだった。それまでの軽めな歌い方とは打って変わってエモーショナルに歌い上げ、ちょっと苦しそうなところもあったが、その熱唱には拍手が一際大きくなったし、このときは僕も彼女の熱唱に引き込まれていた。
有名なラテン・ナンバー"Besame Mucho"の後は、「父がよく歌っていた曲」との紹介で"Until The Real Thing Comes Along"、更に力強い歌を聞かせてくれた"Come Rain Or Come Shine"と、次作に収録されるらしい曲が続き、おなじみの"Unforgettable"のイントロが。
思えば、この"Unforgettable"が発売されたとき、彼女と亡き父親とのヴァーチャル・デュエットに、そのテクノロジーの良い意味での進化に感心したものだったっけ。更にそのときのツアーでは、スクリーンに父親が歌っている映像を映しそれにシンクロさせて歌うということまでやってのけて、その映像が消えるとき「ありがとうパパ」と一言挨拶する演出には、とても感激してしまったものだった。
あれから15年あまり、全く同じ構成で歌われたこの曲だったが、今度はスクリーン上のナット・キング・コールが娘の窮地に手を差し伸べているかのように思え、何とも複雑な気持ち。
最後は、通常のセット・リストにあった"L-O-V-E"ではなく、それでも同じく父親のレパートリーから"Orange Colored Sky"だったが、観客とブルーノートのスタッフへの謝辞、メンバー紹介をユーモアたっぷりに交えて歌いきり、満場の拍手の中、再び車椅子でステージを去っていった。
観客はもっと聞きたがっていたが、アンコールの拍手はさすがに皆遠慮していたようだ。
終演後バンドのメンバーがステージ上でお互いハイタッチをして歓声をあげていた。
「やったぜ」という表情だったが、それが今夜の出来が良かったからということなのか、それともこの1週間のハードなステージを共に乗り切った達成感の表れなのかは、よく判らなかったけれど、気持ちのいい光景だった。
僕も、見た目にもあれだけの悲惨な状態の中、最後まで笑顔を絶やさず、その底力を存分に見せつけた彼女のパフォーマンスには充分満足したし、目頭が熱くなっていた。
また最後の最後で彼女をそこまで押し上げたのは、やはり、バンドの誠実な演奏とこの日会場にいた観客の温かいサポートがあったからこそのようにも思った。
こういうマジックがあるからこそ、ライヴ通いはやめられない。
そして彼女の回復を心から願ってやまない。
2008年7月4日 記
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後日明らかになった彼女の病状はC型肝炎感染だったそうで腎臓移植手術を受けたそうです。女性としてはかなり大柄な体系だったこともあり車椅子で登場した際には悲壮感が漂っていましたが、終始笑顔で歌い切った凛々しさには心を打たれました。
結局彼女はこの7年後の2015年に亡くなってしまったものの、ジャズやポップスで父親(勿論ナット・キング・コール)の遺伝子を受け継いだばかりでなく、ブラック・コンテンポラリーのシンガーとしても多くのヒットを放った功績はもっと評価されていいように思っています。