アーカイヴス その16 The Resentments in Japan 後編 | やせっぽちのヒロシのブログ

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趣味は国際交流?(笑)。

さて、前回初日の模様を書いたThe Resentmentsの残り2回の公演を続きとしてまとめましたが....

自分でも呆れるくらいに、やたらと長いです^^;

 

 ☆  ☆  ☆  ☆

 

週末には横濱JAZZプロムナードが控えているものの、今の私めはしばらく放心状態が続いています。
先の日記で述べたように、The Resentmentsのライヴにすっかりヤラれてしまった訳だから。

初めに見る前の僕はと言えば、まぁ1日見ればいいかな?という程度の関心だった。
メインのライヴは両方とも平日でそれも東京ではないし、一番行きやすい日曜は鎌倉でそれもメインの方を見ないとチケットが買えないみたいな売り方だったので、平日特に月曜と金曜は仕事を早く切り上げ辛いし、じゃあ木曜の初日にするか...といった調子。
今にして思えば幸運な選択だった。もし最終日を選んでいたら、何故オレは初日も見ようと思わなかったのかと悔やみ続けたに違いない。

初日の興奮から、勢いで日曜日の鎌倉のCafe Goateeの35名限定チケットをその場で買ってしまい、更にその翌日やっぱり全部見ようと、月曜最終日のチケットをメール予約。
土曜日、月曜日の仕事の負担を少しでも軽くしようと朝から出社し、結局急な仕事も入ってきて、夕方まで会社にいるハメとなった。

夜は例によって新宿の「かんじゃーやー」。Yちゃんの少しずつ上達している(はずの)三線と意外に艶っぽい(笑)歌声を聞きながら、泡盛を飲む。
テレビドラマ「チャングム」を見たい店主のよしえさんは、10時半に店を閉めると宣言していたが、途中で木更津のフォーク・シンガー親方がギターを持って参上。よしえさんに捧げる歌を即興で披露し大盛り上がりとなってしまい....。

そんなこんなで、日曜日。
鎌倉なんて10数年ぶりだろうか。
雨さえ降っていなければ周辺を散策したかったのだけど、ドシャ振りになってきたので断念。
それでも初めて行く場所だし、少し早めに鎌倉へ着くようにして、駅周辺をしばらくブラブラ。
開場5分前くらいにCafe Goateeに着き、整理番号順に中へ入ると、ライヴスペースは想像以上に狭く、整理番号が終わりから3番目の僕は案の定立ち見となってしまう。
すでに余裕で座っているTさんに「結局月曜のチケットもメール予約しちゃったよ」と言うと、「当然だよ」との返事。「そう簡単に言うけどねぇ、仕事もたまっているし、結構キツイんだぜ」と更に言ったら、「仕事なんていつだって出来るよ(キッパリ)」。おお、何とロックな言葉!と感動してしまった。
そう、彼くらい熱狂的なファンになると、仕事なんてものは、この歴史的で神聖なライヴの前には、そもそも持ち出すような話ではないのだ。

今回もまだ開演時刻前だというのにメンバーはもう勢揃いし、ほどなくしてStephenが歌いだす。マイクはなく、アンプラグド状態。1曲目が終ったところで、店主が新たにイスを2個出してきた。内ひとつは誰も座ろうとしないので、近くに置かれたことだし、「じゃあ」と座ったら、これが大失敗。前の人に塞がれて演奏者がほとんど見えなくなってしまう。今更立てないし、以後そのまま見ることに。

 

Bruce Hughesはエレクトリック・ベースを使っているが、当然ドラムセットを置くスペースはなく、John Chipmanは四角いハコをブラシでたたいていた。フロント4人の歌声と奏でる楽器の音が、本人たちのいるそれぞれの位置から聞こえてくる。特にハモった時の臨場感がもうタマらない。
何て贅沢なライヴだろう。やっぱり来て良かったとつくづく思った。

初日のライヴではStephenとJon Deeに関心が行きがちだったが、今回特にその良さを感じたのがBruceの歌声。オースティンのPaul McCartneyとの声もあるが(似てるw)、それこそEaglesにおけるTimothy Schmit的なソフィスティケイトされた部分もあれば、バンドの中では最も黒っぽいノリを聞かせる曲まで、とても柔軟性に富んでいる。ベースもとてもファンキーだ。
彼がいないと、このバンドはおそらくもっと渋さばかりが目立つようになってしまうだろう。
この4人のバランスがとても重要であることを知った。4人が順番にソロを取っていくのも、公平にというよりは、そうしたバランス感覚を重視しているのかな?
そして何よりもセッションを心から楽しんでいて、Judがリード・ギターを弾くと、Jon Deeが「おお、そう来たか。じゃあオレはこう行くぜ」みたいな調子でラップ・スティールを奏で、Stephenが「それじゃ、今度はオレの番だな」とマンドリンをかき鳴らす(あくまでもイメージです)。
それが馴れ合いなどではなく、お互いがそうやって技を磨きあっているように見えた。
だから以前にも述べたとおり、リラックスしたムードの中にも、このバンドにはダレたところが全くない。

終演後、まだしばらくその余韻に浸っていたかったが、何せ電車の時間も気になるし、明日は仕事があるうえ早く上がらなければならない。
何人かの友人たちと共に、会場を後にした。

さて最終日、無事定時少し前に上がり、会場につくと例によってTさんがいる。
何でも前日は20枚のアルバムにサインをもらい、そのあと雨の中ホテルへ傘も無く向っていったStephenに傘を差し出し、そのまま送って行ったのだと言う。勿論自分がどんなに彼の音楽を愛し続けてきたかを決して得意ではない英語で必死に伝えたそうだ。ファン冥利につきるだろうな。
自身は茨城の自宅へは帰らず、横浜で宿泊したらしい。

ここで強調しておきたいのは、今回の催しでの観客の動員に、彼が少なからず貢献していることだ。
僕自身も彼の強い推しがなければ昨年その前哨となるJud Newcomb & Walter Tragertのライヴに行くことはなかったかもしれないし、今回の件では、彼はMixiのいくつかのコミュに半ばアジテーションとも取れるような調子でプロパガンダに務めている。
そこから興味を持って観に行って感激したという人の報告も寄せられているし、そうした積み重ねが、こうしたシーンには必要なんだろうと思う。
その日たまたま僕と彼のいたテーブルに相席した女性が「え?、あなたがあのTさん?」と言うくらい、彼は有名になったようだ(笑)。

いよいよ最終公演が始まった。残念ながら超満員とはやはりならなかったが、席はおおよそ埋まっており、見る側にとっては丁度いいくらいの入りか?
それでもTさんはおかんむりで「こんな小さな会場が売り切れにならないなんて、メンバーに失礼だ」と憤っていた。

演奏は例によってStephen、Jud、Bruce、Jon Deeの順番で1曲ずつまわしていく。


初日の公約どおり、セット・リストも大幅に変わっているようだ。
はじめはフォークやブルーグラスを思わせる曲調が多かったが、2巡目あたりからは段々とノリの良い曲が多くなっていく。
特にBruceが絶好調といった感じで、初日よりも彼のソウルフルな面が強調されていた。

 

休憩に入る前に「この後、スペシャル・ゲストのオハラマヤが歌うよ」とアナウンス。
「ええ?、オハラマヤ。確かに彼女は彼らとのつながりもあるし、いいシンガー&ソングライターだけど、カラーが違いすぎるし、今日この場で聞きたくはないなぁ。それで彼らの持ち時間が削られるのもイヤだし」とかブツブツ言っていたら、その辺は主催者も気を使ってか、ほとんど休憩時間を使ってのパフォーマンスだった。
Judのサポートで3曲歌い、

早々に引っ込んで、そのままJudが残り、他の4人がステージに戻る。

そしていよいよ最後のセット。
途中でStephenが「この曲はリクエストによるものだ」と紹介して歌いだす。ちょっとうまく行かずにブレイクしてもう一度歌いなおすが、実はそれは前の晩、彼を送っていったTさんがリクエストした曲のひとつだった。いくつか好きな曲を挙げて「是非歌って欲しい」と訴えたらしい。
結局この夜Stephenは3曲ものリクエストに応えてくれたそうで、やはりそれは彼の熱意が伝わったのだろう。良かったね。



驚いたのがJon Deeの歌った"Takin' Care Of Business"。ギターのイントロを聴いた瞬間、え?まさかとは思ったが、やはり1974年のカナディアン・ロック・バンドBachman Turner Overdriveの大ヒット曲。こうしたライヴに必ず出没するカナダ人のクリスが狂喜していた。僕もリフは一緒に歌ってしまいました。

4巡して、盛大な拍手の中、アンコールは、初日にファースト・セットの最後に歌われた、ドラムスのJohnが唯一リード・ヴォーカルを担当するChuck Berryの"Too Much Monkey Business"だった。

久しぶりに会ったラテンなお姉さん、後半はずっと踊り続けていたらしい。
「だって、これはやっぱりダンス・バンドでしょう? 何でみんな座ってんのよー!」(実際は流暢な大阪弁)といった調子で。
ちなみに、Tさん、ラテンなお姉さん、クリスの3人は、その高揚感を維持したまま横浜でオールナイト・ロング。
翌日の仕事をワンサと抱えたワタクシめだけが淋しく帰途についたのでした(涙)。

初日だけ....のつもりが、結局3回も通いつめてしまったけれど、充分その価値のあるライヴだった。
豊潤な音楽を、のべ8時間、(ダブリを含め)80曲あまりを満喫したことだし、後はまた彼らのCDを聴きながら、その余韻に浸ることにしよう。

今回のライヴを企画し実現させたのは、いわゆるプロの呼び屋さんではなく、鎌倉のCafe Goateeの店主Mさん。昨年のJud & Walterを主催したI氏共々、ここまでこぎつけるのには並々ならぬご苦労があったことと思うが、その情熱と実行力には頭が下がる。
その恩恵に預かっている身としては、少しでもお金を落としていくべきかと考え、CD以外にTシャツも買ってしまいました。もうシーズン・オフだし、着るのは来年かな?
 

2006年10月6日 記

 

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その後も何度か来日したものの、Jon Dee Grahamがソロ活動に専念するために脱退、更に2009年にはStephen Brutonが亡くなってしまうという不幸がありましたが、それでもソロ活動と並行しつつバンド活動は今も続いているようです。