「川っぺりムコリッタ」「LOVE LIFE」 | やせっぽちのヒロシのブログ

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「かもめ食堂」「彼らが本気で編むときは、」の荻上直子監督が2019年に発表したオリジナル長編小説を、自身の脚本・監督で映画化。松山ケンイチ主演、ムロツヨシの共演で、孤独な青年がアパートの住人との交流を通して社会との接点を見つけていく姿を描く。
北陸の小さな町にある小さな塩辛工場で働き口を見つけた山田は、社長から紹介された古い安アパート「ハイツムコリッタ」で暮らし始める。できるだけ人と関わることなく、ひっそりと生きたいと思っていた山田の静かな日常が、隣の部屋に住む島田が「風呂を貸してほしい」と山田を訪ねてきたことから一変する。山田と島田は、少しずつ友情のようなものが芽生え始め、楽しい日々を送っていた。しかし、山田がこの町にやってきた秘密が、島田に知られてしまい……。
主人公・山田役を松山、島田役をムロがそれぞれ演じる。タイトルの「ムコリッタ(牟呼栗多)」は仏教の時間の単位のひとつ(1/30日=48分)を表す仏教用語で、ささやかな幸せなどを意味する。(以上、映画ドットコムより)

 

かなり前からチラシや予告編を見ていましたが、何らかの事情で公開が遅れていたのでしょうか?

タイトルを見た時は、何となく言葉遊びのように思いましたが、ムコリッタにそういう意味があったとは思いも寄りませんでした。

松山ケンイチ演じる主人公の山田の訳ありの過去は最初の方の緒方直人演じる社長との会話でほぼ察しはついてしまいますが、後に明らかになります。馴れ馴れしく図々しい隣人島田を演じるムロツヨシはこれ以上ないくらいのハマリ役でアクの強さ全開の怪演でしたし、息子と共に墓石を売り歩く溝口を演じる吉岡秀隆、今も亡き夫を忘れられない未亡人役の満島ひかり、といった人達とのやりとりや、何度も描かれる食事のシーンに象徴されるささやかな日常が、ゆったりとした時間の流れの中で描かれていて、またそれらの場面に流れるパスカルズの音楽もマッチしていたと思います(ちなみに何故かバンドのメンバーである知久寿焼がホームレスのような姿で出演していました)。

それが後半は徐々に変わっていき、遥か昔に縁の切れていた父親の遺骨を引き取り、その処分に困ったり、父親の携帯に通話履歴として残された番号にかけてみると「いのちの電話」だったり、隣人島田に過去を知られたことで気まずくなったり、そこからそれぞれの登場人物に秘められていた事情が見え隠れしてくるのですが、特に何か大きな出来事がある訳では無く、最後のみんなが夕陽に照らされながら川べりを演奏して練り歩くシーンが心地よい余韻を残しました。

エンドロールを見ていたら、劇中のどこにも姿を見せていない薬師丸ひろ子の名前があったことにビックリ。そして思い起こしてみると「あ、アレか」と気づきましたが、詳細はネタバレになってしまうのでやめておきましょう。

個人的には満島ひかりが夫の遺骨を口に含みかじる場面が衝撃でした。

 

「淵に立つ」でカンヌ国際映画祭ある視点部門の審査員賞を受賞するなど、国際的に高い評価を得ている深田晃司監督が、木村文乃を主演に迎えて描く人間ドラマ。ミュージシャンの矢野顕子が1991年に発表したアルバム「LOVE LIFE」に収録された同名楽曲をモチーフに、「愛」と「人生」に向き合う夫婦の物語を描いた。
再婚した夫・二郎と愛する息子の敬太と、日々の小さな問題を抱えながらも、かけがえのない時間を過ごしていた妙子。しかし、再婚して1年が経とうとしたある日、夫婦は悲しい出来事に襲われる。そして、悲しみに沈む妙子の前に、失踪した前の夫であり敬太の父親でもあるパクが戻ってくる。再会を機に、ろう者であるパクの身の回りの世話をするようになる妙子。一方の二郎も、以前つきあっていた女性の山崎と会っていた。悲しみの先で妙子は、ある選択をする。
幸せを手にしたはずが、突然の悲しい出来事によって本当の気持ちや人生の選択に揺れる妙子を、木村が体現。夫の二郎役に永山絢斗、元夫のパク役にろう者の俳優で手話表現モデルとしても活躍する砂田アトム。第79回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品。(以上、映画ドットコムより)

 

矢野顕子の同名の歌がモチーフになっているとのことですが、特にそれは意識しないで観ることにしました。

妙子の連れ子である敬太のオセロ大会での優勝を祝う会を夫:二郎の父親の誕生日祝いに絡めて家族や親しい職員らで行われたホーム・パーティーで起きた悲劇。大人たちがカラオケに興じる中、ひとり遊んでいた敬太は水の張られたままの浴槽で足をすべらせ転落。その断末魔の模様が現場の浴室と音だけで描かれたシーンには何ともやるせないリアリティが感じられました。悲しみに浸る二郎と妙子でしたが、そこに子連れ相手と結婚した息子への複雑な思いを以前から秘めていた二郎の父母との軋轢も絡みます。

その葬儀に妙子の元夫で聾唖者のパクが現れ、彼が現在ホームレスとなっていることでNPO法人で働く妙子が韓国語の手話も出来ることもあり面倒を見ることになって、そこから次第に夫婦の間に亀裂が入っていくのですが、一方の二郎にも結婚前に交際していた女性が同じ職場に今もいることで....それでもお互い最後の一線は越えていなかったのが救いと思いきや、今度はパクの父親が危篤との報が入ったとかで、妙子に借金をして韓国へ向かおうとすると、妙子もそのまま放ってはおけないからとパクに同行して韓国へ。そこから先の展開が笑えるやら呆れるやらで、どこまでもしたたかなパクに振り回される妙子が何とも哀れに思えましたが、彼女にとってはそれも彼の憎めないところなのかな?

疲れて帰国した妙子と二郎が再会し、ドロドロした展開も無く、あえてその先の展望を示さずに何となく良い雰囲気のまま終わるところはやはり非現実的な感じを受けてしまいましたが、矢野顕子の曲に乗せてその二人の歩いて行く姿をロングショットで延々と映していくラスト・シーンがこれからまだまだ長い人生を共に歩む今後の二人を暗示しているようで、きれいなまとめ方だったと思います。

 

ところで、この2作は同じ日に観たのですが、どちらもストーリーの中で大きな揺れの地震に見舞われます。改めて日本が地震大国であることを感じた次第でした。