追悼リンジー・ディ・ポール | やせっぽちのヒロシのブログ

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音楽とお酒が大好きです。
趣味は国際交流?(笑)。

とても悲しい知らせが届きました。
1970年代にイギリスで数々のヒット曲を放ち、その華麗でセクシーな容貌でも思春期の私を魅了したリンジー・ディ・ポールが10/1に脳出血で亡くなったそうです。64歳でした。

リンジーと言えば、まず1972年にこの「シュガー・ミー」が日本でも大ヒット。

それほど歌唱力があったわけではありませんが、華やかなルックスやユニークな音楽性が注目されていたように思います。

1973年には東京音楽祭で来日し、
同じ年には「恋の売り込み作戦」なんて邦題のこんな悩ましい歌(本国ではB面扱いでしたが)もあったりして。

その翌年には往年のスペクター・サウンドを彷彿させる「恋のウー・アイ・ドゥ」が話題になったものでした。


その後もアルバムを順調に発表し続け、
1977年にはユーロヴィジョン・ソング・コンテストで2位を獲り、

時にはこんな大胆なジャケットで青少年を悩ましたりしながら、
Love Bomb
活動を続けていきましたね。

78年にルパート・ホームズのプロデュースで発表された「Tigers and Fireflies(邦題:ハリウッド・ロマンス)」は、彼女の醸し出す退廃的なムードに軽めで洒落たサウンドがよく合って、彼女の最高傑作になったと思います。
Tiger & Fireflies
また映画「第二次世界大戦」ではビートルズのこんな曲も歌っていました。


その後は日本ではさっぱり情報が入って来なくなってしまいましたが、実際にレコーディング活動からも遠ざかっていたようで、ソングライターとして他者への楽曲の提供、テレビやラジオの音楽を手がけたりはしていたものの、主にテレビ・タレント的な活動が中心になっていったようでした。
また女性のための護身用トレーニングのプログラムを作成しDVDで販売したという話も聞いた事があります。
そうそう80年代に「雨音はショパンの調べ」のヒットを放った小林麻美がアルバムでこの人の"Sugar Shuffle"をカヴァーしたこともありましたっけ。

90年代以降は再評価もされ、たびたび彼女の古い作品が再発されたり、昨年には彼女のレコーディングの集大成とも言えるアンソロジー・アルバムが2枚組で2セット発売され、本格的な再活動を期待されていただけに、本当に残念です。
Anthology 1
Anthology 2

2年前にマーク・ボラン(Tレックス)のトリビュート公演があった際には、スレイドのノディ・ホルダーと共に進行役としてステージに立って健在ぶりを示していました。

欧米では20代の頃とギャップの大きい女性シンガーが多く見られますが、菜食主義者で喫煙も飲酒もしなかったという彼女は60代になっても往年のイメージを裏切らなかったのが嬉しかったです。

心よりご冥福をお祈り致します。


10/4追記:上記でリンクしたBBCの記事を鵜呑みにして64歳と書いてしまいましたが、その後ウィキペディアを見ると1948年生まれとなっており、そちらが正しいとなると亨年66歳ということになります。