歌声の輪郭とsummer dejavuと訪れなかった未来の話 | 考えてる途中。

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summer dejavu

作詞:BOO 作曲:大沢伸一

 

ファミえんから一週間。
日常の諸々があのときの記憶と感情にブレンドされて、だいぶ普段の生活モードの割合が大きくなってきちゃいました。仕事なんかしてちゃイカンですよね。
あー、どっかからお金湧いて出てこないかなあ。
 

そんな他力本願を是とする同志の皆さま、こんにちは。
そろそろまっすぐモード、および秋ツアーモードに気持ちのスイッチを切り変える時候です。だからこそ8月が終わる前に、summer dejavuという曲のことを考えておこうかなと思い立ちました。


ファミえんには、いつの間にやらテーマソングが作られるようになっています。


2014年のファミえんテーマソングはラブリースマイリーベイビーでした。明るく前向きでアップテンポな良曲。今でもライブでは前奏が聴こえただけで、ファミリーがみんな全力でニッコニコです。

2015年はナチュメロらんでぶーです。安心と信頼のたむらぱんブランド。ミドルテンポな曲調の中、推し番ジャンプしたり手拍子を打ったりしながらブレイクに向けてしっかり盛り上がる構成。これまたテンションの上がる佳曲です。
そんな曲目が連なる中、今年はスローテンポなsummer dejavuがファミえんの10日前にdropされたのです。

 


この曲、キャッチーな前奏がある訳でなく、コールや手拍子を入れたりするものでもなく、ふんわりゆったりした楽曲。良い感じの曲なんですけど、フックになるここだっ!というフレーズがありません。ラブスマナチュメロのように「みんなで一緒に盛り上がりまっしょ~♪」っていうタイプではないですよね。
今までとだいぶ毛色が違うので、ファミえんの会場でこの曲がどういった風景を見せてくれるのか。公式HPで初めて聴いた僕は、楽しみと共にほんのちょっとした不安を覚えるのでした。


 

でも事前に音源を聴き込んでみるとですね、どこまで狙って作られたものなのかわかりませんが、これがまあココロに響く響く。

まず波の音が似あう静かで柔らかなガット系のギター?から曲がスタート。そこにレトロチックなコーラスが載り、歌が始まると素直でストレートなリズムトラックがだんだん存在感をアピール。そのごBメロに入るとEDM風味のベーストラックが音像を支配するようになります。
一方、こんな野心めいた展開を見せるサウンドとは裏腹に、うたのメロディラインは転調や大きな音程移動などといったギミックは用いず、ゆったりと聞いていられる安定感のある流れをキープし続けます。

 


有体にいうと、このメロディライン自体はオールドスタイルな歌謡曲に近いと思うんですよね。でもそれを包み込むサウンドが現代チックなEDMなんです。これらアンバランスな二つの要素が、何故だかとても心地良く同居している状態。ここに僕は、時代のどこかで分岐し損ねたレトロフューチャーな世界線が少し見える気がするんですよ。

 


なんていうんだろう。夏休みにゴム飛びを楽しむ昭和的なワカメの姿とスカイツリーに行きたがる平成的なカツオの姿を食卓で同時に見ているマスオさんの気持ちのような、いや違うな。わかり辛いな。んー、なんだろう。
言葉にするのは一旦諦めよう。とにかく、レトロ且つフューチャーで訪れなかった未来なんですよ。




ファミえんでは、この曲は本編の最後に披露されました。
レトロフューチャー感に満たされた不思議な構成の歌を聞きながら僕の中に去来した感情は、あの日そこまでの道程で出会った幸福感をさらに増幅させる、爽快で高級なノスタルジックさ。前回考えたファミえんの日常感と非日常さに素晴らしくマッチしていました。

 


ふっと再認識させられたんですけど、この曲、全編フルユニゾンなんですよね。
メンバーごとのソロパートがないということは、推しのパートに集中しすぎる必要がなく、全編をフラットに聴いていられるということ。お耳の指向性アンテナを休めて、入ってくる音を素直に受け入れていれば良いのです。真山さんの声も、ひなたさんの声も、みんな混ざりあって優しくぼんやりと耳に届いて、リラックスしたまま楽しむことができるのです。

先にこの曲はフックになるフレーズがないと書きました。ともすれば欠点ともなるポイントですが、この日の本編フィナーレのsummer dejavuはそのフックのなさとフルユニゾンの構成を武器にして、旅疲れ&躍り疲れのファミリーのテンションを緩やかに癒し、極上のリラックスを齎してくれました。

 

 

少しだけ掘り下げます。例えばラブスマは構成的にソロパートの役割が物凄く大きいです。

Aメロからサビをつなぐ橋渡し部分、ぁぃぁぃが雨上がりの虹について歌う箇所がとてもエモーショナル。この部分がフックになって感情が高まり気持ちがガッと持っていかれます。力のあるソロフレーズに引っ張られ辿り着いた先で現れる、フルメンバーによるサビの爆発的な心地良さたるや。否が応にもテンション上昇。ここBメロが少々長尺のソロになっていることで、ぁぃぁぃ推しの如何に関わらず聴くものを昂らせるのにうまく作用しているんですよね。

 

僕はバンド野郎でしたので、おおきなおともだちになるまではグループボーカルものの楽曲を聴く機会が極端に少なく、歌い分けの効果的な使い方というものを考えたことがありませんでした。でもラブスマsummer dejavuという対照的な2曲に出会って、上記の通り改めて歌い分けの効力、およびユニゾンの効果を強く理解した次第。
立ち返って同じくフルユニゾンの幸せの貼り紙はいつも背中にで得られる妙な安心感?安息感?の正体も、ぼんやりながら形が見えかけてきたと感じます。

 


サウンドプロデュースの大沢伸一さんが、どこまで狙ってこの曲を作りあげのか、僕にはわかりません。

でもセットリストの終着地点、真っ暗になった富士山裾野の空の下。ベーストラックとアンプが生み出す足元の微振動を味わいながら、左右に揺れるファミリーのペンライトの反復運動の輪に加わって、「なんで僕はこの子たちのステージに嵌ってしまったのだろう。」という命題の答えに少し近付けたような気がするのでした。

 

といった訳で、そろそろ夏の振り返りモードもおしまいです。

秋ツアーまでひと眠りします。

おやすみなさいグー。