私どうしてブログ書いてるんだろう?

自分の感じていることや考えたことを、言葉にしたくて。

たとえ誰も読まなかったとしても、

「誰か見るかもしれない」っていう場所に向けて書くことで、

ただ自分だけの日記を書くよりも、単語や文章に気を付ける意識が向く。

 

そして記事を公開してみると、

たまに、何人かの方に見てもらっていることがわかって。

一言でも、誰かに何か感じてもらったら、いいなぁ。とまで思ったりする。

 

 

商品やサービスだったり、一貫して伝えたい意志みたいなものはないけれど、

私はブログや本やラジオの中から、言葉をもらっている。

もちろん、著名人や有名ブロガーの人や好きでフォローしている人たちもたくさんいるけれど、

全然知らない、何をやっているかもわからない、そんな偶然すれ違った時に聞こえてきた話。

みたいな出会いからも、なんとなく気になる、なんか共感する。

あぁ、いい考え方だな。いい言葉だな。みたいなことある。

 

だから、私の何が誰に影響するかはわからない。

わかるのは、書かなければ、私の何も誰にも影響しない。

知っている範囲の、会話を交わす人達の間でしか。

 

 

 

それで・・・

ちょっと思い上がりにも、

ブログ書こうとしてうまくまとまらない時に

「どうせ誰も見てないし・・・別に書かなくてもいいか」なーんて思ったりする。

まるで、いつも誰かのために書いているかのように。

 

 

この「どうせ誰も見てないし・・・」っていうのは、

外側のことを都合よく言い訳に持ってきているだけで、

文章にして書くということに至らないテーマに対して、

私が、考えたりまとめたり書いたりするのしんどいしめんどくさいからやーめた。

ってしてるだけだったんだよね。

 

 

「どうせ誰も見てないし・・・」っていうのを 私が見ている。

そして、私が誰かとの会話で

「うーん、ブログね、どうせ誰も見てないから書かなくてもいいかなって思ってる」って言うと、

そんな、どうせ誰も見てないから書いていない私を、その誰かが見ている。

 

 

昔、職場のお姉さまが、

「見ている人は、見ているのよ。だから丁寧にね。」と言っていたし、

私も職場で見るともなく人を見ている。

それと似ているんだな。

「人に見られて恥ずかしいことはしない!」ってお母さんにもよく言われてたな。そういえば。

人って誰?って思ってたけど、まず、自分だよね。

 

 

私は、私のなにもかもを見ているんだもの。

誰も見ていない。ってことは、誰にもない。

見えないものすら、自分には見えているんだもんね。