僕が、信州大学の山岳部にいたころ、標高1500mの上高地に3ヶ月ぐ
らい滞在していた。
上高地と言うところは、帝国ホテルなんかもあって、避暑地となっている
こともあれば、また、目の前に広がる3000m級の南アルプスにアタッ
クするためのベースキャンプとして、僕たちのようにテント生活をしてい
たりと、いろんな人が行き交う場所だった。
そのときに、僕がすごく楽しみにしていたのは、普段はテントで暮らして
いるんだけれど、天皇も泊まるという、由緒正しい帝国ホテルでの優雅な
ティータイムだった。
暖炉のあるロビーのそばのカフェで食べる、帝国ホテルオリジナルのチー
ズケーキは、最高の味だった。
その赤い屋根が目印の帝国ホテルまで、2~3人で散歩がてら歩いて行く
のだった。
その散歩は、帝国ホテルに行くというのが目的でもあるんだけど、そこに
行くために、いろんな道を通ることが、僕たちの楽しみでもあった。
梓川の河原を下っていくと、下流に赤い屋根が見えてきて、少し林の方に
入っていくと、そこに帝国ホテルがあった。
そして、帰りは、白樺林の中を通る木道があって、その道を戻ってくるの
だった。
そんな散歩をよくしていたが、この帝国ホテルと僕たちのテントを結ぶ道
は、山の中なので、他にもいろいろな道がにあった。
いちばん面白くなさそうなアスファルト道でさえ、いろんな人が通ってい
て、それもまた楽しい。
また、川の土手から林の中を抜けていく、まっすぐな白いじゃり道もある。
僕は、行きと帰りはなるべく違う道を通りたいと思って、いつも違う道を
選んで、帝国ホテルに行っていた。
僕は、どこへ行くにも、行きと帰りは別の楽しみを味わいたくて、違う道
を通ることが当たり前のようになっていた。その方が、同じ道を通るより
も、違うものに出会えたり、違う発見ができる気がして、それが大切なこ
とのように思えるのだ。
それで僕は、行きと帰りは、なるべく違う道を通るようにしている。
そんなある日、僕が秘書をしているとき、社長から呼び出され、車で社長
を送っていくことになった。
そして、最初に「今から出かけるんだけど、行きと帰りと同じ道がいい?
それとも違う道がいい?」と聞かれた。
僕は「もちろん、違う道がいいです。」と、すぐに答えた。
そうすると、社長は「わかった、じゃここをまっすぐ。」と言って、僕は
202号線を走り出したのだった。
僕は、いつもの送り迎えと同じように、30分も走れば目的地に着いて、
そこで社長を降ろすんだろうと思っていた。
そして、普段話せないことや聞きたいことを、この機会に話そうと思って
早口でしゃべっていた。
ところが、1時間たっても、2時間たっても、社長は、ただ「まっすぐ」
と言われるので、僕は、言われるままに、まっすぐ走っていた。
行き先を聞いても教えてもらえずに、とにかく「まっすぐ」と社長は言う
だけだった。
車は海岸線を抜けて、だんだん山の中に入っていった。
それでも、僕は目的も場所も聞けずに、だたまっすぐ車を走らせていた。
途中、ガソリンを補給し、さらにまっすぐ走っていった。
4時間ぐらい経ったとき、また海岸線が現れてきた。
それでも、まだ「まっすぐ」と社長は言うだけだった。
そのうちに「佐世保」という標識が見えてきた。
それでも、行き先を教えてもらえず、ただ「まっすぐ」と言うだけだった。
7時間が経ったときに、車は長崎市内に着いていた。そして、初めて「そ
こを左に寄って」と言われ、車はやっと止まった。
社長は、コーヒー・ショップの前で、車から降りると「ありがとう。じゃ、
気をつけて帰って。帰りは高速だから、楽ちんだよ。」と言った。
僕が「えっ?」と言うと、「行きと帰りは違う道がいいって言ったから、
行きは下の海岸線を来たんだよ。帰りは高速を使ってね。」と言われた。
そのとき、初めて僕は、最初に聞かれた質問の意味がわかった。
僕は、疲れてへとへとになっていて、それは、普段の「行きと帰りは違う
道を通る」という僕の考え方を、ほんの少しだけ後悔させた出来事だった。
しかし、おかげでいろんなシチュエーションの中で、社長とたくさん、い
ろんな話ができて、僕は、本当に嬉しかった。
そこに行くのも目的だけれど、目的のために移動するだけではなくて、そ
の途中の時間も楽しんで、そして、目的を達成した後の帰りの家路でさえ
も、小さな発見や新しい出来事を楽しむことも、大切だと、僕は思うので
ある。
だから、友達の家に行く時や、会社への通勤路なども、少しいつもと違う
道を通ってみたりするのもいいかもしれない。
そうすると、今まで知らなかったものに出会えたり、新しい発見があった
りということがあるかもしれない。