インプットしたことをすぐにはアウトプットできないことがあります。

インプットして理解したことをそのまま言葉として繰り返すことはできますが、
それは本当の意味での理解ではないかもしれません。

何かを本当に理解するには、
それを実際にやってみるというのが一番だと思います。

それによって、インプットしたことが、実体験の言葉として語ることができて、
言葉に信頼性が生まれます。

インプットした後に行動するというのも一つですが、
インプットしたときに、過去の行動を振り返って、当てはめて考えてみるというでもいいと思います。


いずれにせよ、行動量は多ければ多い方がいいということですね。
昔、何かの本で親子のこんな会話についての話が載っていました。

父親:「お父さん、魔法が使えるんだよ」
子供:「えー、本当?」
父親:「もちろん。じゃあ、試しにあそこの信号を見てごらん。
    今は信号が赤だけど、あれを魔法で青に変えてみせよう。
    ぶつぶつ(呪文のつもり)・・・変われ!」
子供:「わぁ、すご~い、青になった!お父さん本当に魔法が使えるんだね!」

・・・とまぁ、会話そのものは今適当に作ったものですが、
趣旨は汲み取っていただけるかと思います。

信号は規則に従って定期的に赤と青を繰り返しているだけで、
父親はその規則を知っていて、信号が変わるタイミングで
魔法の言葉を唱えているだけですが、

子供はそんなことを知らないので、まるで父親の魔法の言葉に合わせて
信号が変わったかのように見える、というお話でした。

最近は、信号が青になるまでの時間が表示されるようになっている
信号機も増えてきたので、こんな微笑ましい会話は難しくなってきたのかもしれませんが・・・。

さて、ここからいえることは、

1)全体の流れ、規則、仕組みを知らないと、
今発生している出来事がなぜ起きたのかやそもそも何が起きているのか
を把握することができず、流されるだけになってしまうということ、

2)対して、冒頭の話の父親のように、全体を見ている人は、
何がなぜどのように起きたのかが分かっていて、
これから何が起きるのかもある程度予測ができる、

ということです。

(1)の状態の人からみると(2)の状態の人は
まるで魔法使いのように見えるでしょう。

最初はやはり、部分に注目しがちなのですが、
全体を把握するという努力を忘れないようにしたいものです。
悩み事があるとき、ついつい考え込んでしまいますが、
考えているだけでは状況は変わりません。

もちろん、考えることも重要なのですが、
それだけだと考える材料は変わらないので、
結局同じ結論にしかなりません。

行動すれば、状況が変わって
新たな判断材料を得られるので、
違う結論になる可能性が高まります。

現実を変えるのは、
思考ではなく行動。

ということで、今後も行動していこうと思います。
最近、無地のノートを使い始めました。

罫線がないので、自分の好きなように書くことができて、かなり解放感を感じています(笑)。

線があっても気にせず書けるという人もいるとは思いますが、
私の場合、無意識に線に捕らわれていたのだろうと思います。

無地のメリットはもう一つ。
罫線つきのノートだと上下に余白がありますが、
無地はそのスペースも無駄なくノートサイズいっぱいに書くことができます。

MITメディアラボの石井裕教授の話を聞く機会がありました。

その中で出てきた「出杭力」という言葉。

出る杭は打たれるが、
出過ぎた杭は打たれない、

中途半端に出るのではなく、
突き抜けるだけ突き抜けよう、

ということ。


先日、「非オープンマインドで」というタイトルで、

一流の人は、自分のやり方を貫き通しているという記事を書きましたが、

この話に通じるところがあるなあと思いました。