久しぶりの読書記事です。

いつもより1冊読み切るのにとても時間がかかってしまいました。

本屋さんで「ベスト○○」と紹介されていたり平積みされていたり、

折に触れて目にしていたこの本をようやく手に取りました。

日頃から「想いを言語化できるようになりたい」と思っている

私にとって、この本はきっと新しいヒントをくれるはず

という期待がありました。
言葉って当たり前に身近にあるものですが

その使い方は人それぞれで「その人らしさ」そのもの

を映すものでもあると感じています。

そう思うともっと丁寧に扱いたいな…と

読みながら何度も自分を振り返る時間になりました。

ついつい知識としての言葉に意識が向いてしまうこともあります。

テストのため、仕事のため、共通言語としての言葉。

でもそれだけじゃない。

言葉にはもっと深い役割があるんだと気づかされました。
伝えるための言葉だけでなく、受け取るための言葉の感度も大切。

教養としての言葉を持っていることで

さまざまな表現に触れたときの受け止め方が豊かになる。

寛容になれる。

そんな役割もあるのかもしれないと感じました。
一方で言葉の限界についても触れられていたことが印象的でした。

どれだけ言葉を尽くしても伝えきれないことがある。

それを知っておくことも大事。

けれどそれでも言葉を尽くすことに意味がある。

俵さんの言葉で特に心に残ったのは、

『言葉の力が生きる力。

そして、言葉がどう伝わるかは、あなたがどんなふうに生きてきたか

によって決まるのです。』

という一節。

言葉は単なる道具ではなくその人の生き方や姿勢が

にじみ出るものなのだと深く胸に響きました。
俵さんはご専門の短歌をはじめ、演劇やSNS、ラップ、子育てなど、

さまざまな場面を通して「言葉の力」を描いています。

その中でも特に心に残ったのは子育てについて語った場面です。

「この子が日本語を習得していく過程を間近で見ていられる喜び」

という表現にはっとさせられました。

私自身も子育ての中で絵本を読んだり、漢字練習をしたり

してきたけれど、それを「生きる言葉」として

意識していたかというと…もっと楽しめたかもしれないなぁ

と少しだけ悔しい気持ちになりました。
また短歌をAIに任せるのはもったいないという話も印象的でした。

完成した短歌そのものよりも

限られた文字数の中で自分の想いを込める“過程”にこそ意味がある。

言葉と向き合い、自分と向き合う時間。

それを手放すのはやっぱり惜しいなと感じました。
そして「“も”警察」の話。

これはもう、完全に私のことだ!と笑ってしまいました。

「が」「は」「を」「の」など

もっとくっきり伝わる助詞があるのに

つい「も」を使ってしまうクセ。

読み比べてみると明らかで、これからは意識してみようと思います。
言葉なくして生きることはできない。

だからこそその使い方や場面を意識して

雑に扱わず大切にしていきたい。

言葉は伝えるためだけじゃなく

自分を知るための道具でもあるのかもしれません。

読み終えて本の表紙をもう一度見たとき、このタイトルは

「今の(現代の)生きた言葉」という意味と

「今を生き抜くための言葉」という意味の両方を踏まえた

ものだったのだなと思いました。