今日は久しぶりに大勢の親戚が集まり会食をしました。
お正月はもちろん、何かの節目に親戚が集まって
ワイワイする習慣が多くあります。
毎回この集まりはにぎやかで和やかであたたかくて
とても楽しい時間です。
今日もそんな楽しい集まり、
それぞれの話に笑いが重なり 言葉が言葉を呼び
自然に場が広がっていっていましたが
そんな空気の中に身を置きながら
ふと自分の立ち位置に気づいてしまいました。
・・・私はほとんどの時間聞き役だったということです。
それでいいのかもしれないですが
自分で楽しい雰囲気を作りたいと思っても
何か話そうとしても言葉がすぐに浮かびません。
思い出せる話も少なくて
たとえ浮かんでも それをどう広げたらいいのか
分かりませんでした。
笑いも 気の利いた相づちも上手にできず
ああ またかと
コンプレックスに触れられるような
時間になってしまいました。
本当は今回は私が“迎える側”のはずでした。
事前にテーブルを整えて 料理を準備して 飲み物を用意して
そういう形での振る舞いは自然にできるのに
会話になると どうしても壁を感じてしまいます。
輪の中に入っていけない自分が 情けなくもあり
もどかしくもありました。
たぶんいろんな話題に乗っていけるような
自分の経験が少ないのだと思います。
そして その少ない経験に感情があまり乗っていないこと
心が動いていないから 記憶に残らず 言葉にもならない
何かを見聞きしても その時の楽しさだけで
終わってしまうのではないかと思っています。
だから話せない
だから深まらない
根っこはそこにあるような気がしています。
まだまだ変わりたいなと思います。
少しずつ 日々の思考や行動を変えてみたりしていますが
こうして人と過ごす時間の中で
まだまだだなあと感じさせられます。
狭い世界の中で
自分の気持ちも狭くまとまってしまっているのだろうなと
そんなふうに思いました。
でも集まりそのものはとても楽しくて
皆さんがその場を盛り上げてくださったことに
心から感謝しています。
私なりのふるまい方はできたことは認めたいと思うし
私はうまく話せなかったけれど
笑い合える場にいられたこと
それが何よりありがたかったです。
次はどんなきっかけでみんなと集まれるか
楽しみな自分もいるので
その時にどんな自分でいれるかな
もう少しリラックスして臨められたらいいなと思いました。