母が認知症で施設に入居して以来

私たち子供夫婦は近所に住んでいるものの父は一人で生活をしています。

母のことが好きで心配でぎりぎりまで自分でお世話をしていましたが

さすがに老々介護には限界があり

父の心身が疲弊しているのが目に見えてわかったため

少し強めに説得を重ねてようやく入居が決まりました。

それ以来、父の一人生活が寂しそうなのは誰の目にも明らかで

私たち子供世代はできる限り話し相手になったり

食事を差し入れたり通院に付き添ったり

デイサービスを取り入れたりして

少しでも気持ちが沈まないように努めています。

しかしやはり母の存在に勝るものはなく

私たちのできることには限界があるのだと感じながら

日々を過ごしています。

この週末、1か月ぶりに母の施設へ面会に行きました。

母は父が来ると嬉しそうに声を弾ませ、ご機嫌に饒舌になります。

恥ずかしがり屋の父も本当は嬉しいはずなのに

照れ隠しで不愛想な態度をとりますが

マスクで隠れた顔からも目じりが下がっているのがわかり

隠しきれない喜びが伝わってきました。

二人の会話が徐々に続くようになり

その様子は横で聞いていてなんともほほえましいものでした。

ただ面会には時間制限があり

楽しい時間もあっという間に過ぎてしまいます。

お別れの挨拶のとき、

母は父が一人生活でちゃんと食事をしているのかを心配し

いろいろな力を借りながらなんとかやれていることを

知って安心していました。

そして最後に「私がいなくても大丈夫ね」と

とても認知症の人とは思えないほど

しっかりした言葉を口にしたのです。

その発言にも驚きましたが、さらに驚いたのは父の反応でした。

「寂しいけど頑張るしかないじゃないか」と言ったのです。

これまで寂しそうな様子は日々の姿から感じていたものの

言葉にすることはなく

武骨で弱音を見せない父が本心を口にした瞬間でした。

母との会話で一緒に暮らしていた日々を思い出し

やはりお別れは寂しいのだと痛感し

私自身も胸が熱くなりました。

最後に父母は握手をしてお別れをしました。

帰りの車の中では余韻に浸るように言葉少なでしたが

家に着いて「じゃあね」と挨拶したときに父は

「ありがとう。これでよい正月が迎えられる」と

満足そうな表情で返事をしてくれました。

父は父なりの覚悟を持ち、毎日母の無事を祈りながら

自分の身体も満身創痍の中で日々を過ごしているのだと

改めて痛感した週末でした。

私たち子供世代で何ができるだろうか、

そんなことも考えた週末でもありました。