たまには、と主人と一緒に
犬の散歩に行きました。
不思議な感覚ですが
リビングで向き合って話すのと、
お散歩のように横に並んで話すのとでは
ちょっぴりリラックス度が違う気がします。
しゃべってもよし、しゃべらなくてもよし、
ポッと頭に浮かんだことをつぶやいて
そこから言葉を拾って会話になったり
そんな感じのゆるーい話が多い気がします。
今日のお散歩もそんな感じでした。

歩いている途中、塀の上に止まっている
鳥に気づき、その鳥も私たち人間を
恐れることなく逃げずに留まり続けていたので
割と近い距離で観られたのですが
さて、この鳥はなんていう鳥なんだろうと
「カッコウ?」と主人は言うけど
私は違う気がして(確かに似ていると
思ったけどカッコウはもう少し体が
大きいと思った)
だからと言って、別の鳥の名前も浮かばず
わからないままになってしまいました。
そこから話は波及して、
そういえば子供が小さい頃によく
動物園や水族館に行ったけど
知らない名前だらけで
「魚」「サル」「熊」「カニ」などの
総称でしか呼べなかったり、
お散歩のときに出会った鳥だけでなく
草花だって、
それぞれに名前がついているのに
私が知らないだけで「野草」「花」
としか呼べない自分が
つくづく無知だよね、と思うという話に
なっていったのでした。

毎日の生活に直接影響はないことかも
しれませんが
世の中にあるもの、コト、含めて
まだまだ知らないことだらけ、
自分としては忙しそうに家事をやったり
頭使って仕事したりしていますけど
世の中にあるものの一部の情報だけで
忙しくしているだけで
狭ーい世界でしか自分が生きていない
気がしてきました。
”豊かになる”って、
もしかしたら知識も影響するのかも
しれません。
いや、もしかしたらではなく、きっと
そうなのだと思います。
様々なことを想像したり考えたり
想いを馳せたりすることも
できるでしょうし、
そのことの”意味”を理解できる
手掛かりにもなるかもしれません。
知ることは余裕を生み出し豊かになる。
そのためには好奇心がきっと必要
なのだろうなとも思いました。
今日の鳥の名前は結局わからないまま
なので、せめて、インターネットで
検索して一つ知識を増やしたいと
思いました。