暦ではもう立秋をすぎたものの
まだまだ猛暑日が続き、
「暑い」という表現ではとても
表現しきれないほどの
気候がまだまだ続いています。
そんな中、近くに住んでいる親から
「だるいの」
と連絡が入ったところから
私達姉妹家族はあたふたした数日を
過ごすことになっていました。
このご時世、ちょっとでも体調が悪いと
コロナにかかってしまったのではないか、と
そうであってほしくないという
気持ちは持っているのに
諸症状をあえて細かく調べることで
そこに寄せていくような思考回路に
なってしまったり、
素人情報を寄せ集めて様々な想像を
したりして一気にみんなが
落ち着かなくなり始めていきました。
落ち着いて、落ち着いて。
姉妹同士、家族同士、自分自身にも言い聞かせ
今何をすればよいのか、を
冷静に考えました。
幸い大事には至らず、いわゆる夏バテ
のような状態だったとわかり
最終的にはほっとしたものの、
今回のことを通じていろんなことを
考えさせられたなと感じています。
体調を崩した張本人(親)の気持ち、
考え方を私たちは尊重できていたか。
私達は「何」にあたふたしていたか
・・・親を心配してあたふたしてたの?
もしも、の良くない展開を想像しすぎて
親のことより自分たちの都合であたふた
していたことはなかったか?
あるいは、
高齢の親に後々これまでのような判断力を
期待できなくなってしまったときは
何を優先順位に行動決断していけば
よいのだろうか
頻繁に行き来しているとはいえ、
親の貴重品がどのように保管されているか
(保険証とかお薬手帳はいつもどうやって
保管されているか)聞いたことなかったな、
とか、
私たちがこんな年齢になっても親は親だから、
意見や決断内容に一定の信頼感を持っていたけど、
思った以上に年を取ってしまっていることを
痛感したな(弱くなったな・・・)とか、
これから親とどんな距離感で、関係性で
付き合っていくのがよいのだろうと
いうことを沢山考えました。
医療的にはこうすることが一番良い、という
選択肢があった場合にも、
そこに親の同意(合意)がなければ
それは「正しいことをした」と
言えるのだろうか、とか
そんなことをぐるぐる考えてしまったのです。
家庭の数だけ判断の数もあると思います。
我が家ではどんな選択肢を選んでいく
のがベターなのか、
ということを、
まめに行き来する中で聞いたり感じたり
しながらこれからも問いかけ続けていきたいな
と思った出来事でした。