私はその頃東京で一人暮らしをしていた。
気持ちの良い晩で、私はお風呂上りに近所の小さなスーパーで何かを買おうと出かけた。
どの道を通ろうか?
道は二つ。
車の通りが多い大通り。
殆ど車が通らない細い道。
私は細い道の方を通ることにした。
道に面した家の庭に、きれいな花が咲いているのを知っていたから。
味気ない騒音と排気ガスの道を行くよりは、花を眺めながら歩いた方が気分がいい。
私はリラックスして歩いて行った。
道半ばほど行ったとき、突然、お尻に人の手を感じた。
瞬間、恐怖で頭の中が真っ白になった。
それでも、叫ばなければいけないと思い、必死で叫びながら後ろを振り向いた。
その顔は、笑っていた。
そして、それはすぐに逃げ去った。
私は大急ぎで安全地帯のスーパーに飛び込んだ。
帰りには味気ない道を通ったことは言うまでもない。
私が不注意だったのか?
日が暮れたら、女性は明るい大通りを通らなければならないのか?
リラックスして小道を歩いてはいけないのか?
この話には、続きがある。
ある日、昼間同じ道を歩いていたら、あの時笑っていたのとそっくりの顔を見たのだ。
男とすれ違った時もしやと思った私は、くるりと踵を返し、その男のすぐ後をあからさまにつけた。
男は、下を向いていた。
もう、笑ってはいなかった。
あの夜はふざけた学生にも見えたが、サラリーマンらしい服装だった。
男はある建物に入って行った。
私は一瞬迷った。
建物の中までつけていこうか。
ここは彼の職場かもしれない。
後を付けて行って、無言で傍に立っていてやったらどうだろう?
人が訊いたらどうこたえようか。
本当にあの男だと言い切れるか?
私には確信はなかった。
何の関係も無い人を痴漢呼ばわりすることになるかもしれない。
本当にあの男だったとして、私があからさまに付けて行ったことで、彼はすでに後悔したかもしれない。
頭が真っ白になるほどではないにしろ。
もしこれが、レイプなどのもっと凶悪な犯罪だったら、黙っていてはいけなかっただろう。
真犯人を突き止めるために、警察に協力するべきだったと思う。
そうでなければ、第二、第三の被害に対して私も責任を負うことになる。
そしてその場合、告発する相手は本当の犯人でなければならない。
アメリカの女優にして映画監督であるジョディ・フォスターが、セクハラに関連し、相手の言い分も聞かなければならないと語ったと言う。
さすがはジョディ・フォスター、言うことが違うと思った。
アメリカでは最近、ツイッターのタグでMeTooというのがあるらしい。
「私も彼にセクハラの被害にあった」と発言するためのタグである。
フォスターは、ツイッターの正義はうまく行かないとも語った。
彼女だから言えるのか。
それとも彼女ですら、「女なのに女の敵」とか言われるのだろうか。
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