ゴッホとゴーギャン展とレノンとマッカートニー | 語学と読解、文化の違いを楽しむ外国「語」人

語学と読解、文化の違いを楽しむ外国「語」人

英語、フランス語、日本語を教え、翻訳をしながら思うこと:
語学力も大事だけど読解力を養わないとね。
15年以上ヨーロッパで暮らし、三か国で子育て。
フランスやベルギーのこと、子育てのこと、文化の違いについて書いています。

 

「ゴッホとゴーギャン展」を見に行った日の朝のことでした。

 

出かける前に何の気なしに見ていたニュースで、ジョン・レノンがポール・マッカートニーに宛てて書いた手紙の下書きが、落札されたという話がありました。

 

その手紙は、最後のアルバム「Let it be」を作っていた時に書かれたものだとのこと。

 

解散の直前ですね。

 

 

展覧会場で目にしたのは、大きく異なる個性を持ちながら同じ時代の空気を呼吸していたゴッホとゴーギャンの絵。

後期印象派を同時に開拓していた二人の絵筆の冒険の跡。

 

アルルでの共同生活は、ゴッホが自ら耳を切断するという悲劇で終わりました。

 

「ゴッホ」「ゴーギャン」という言葉で検索を掛けると、1ページ目に並んでいるのは圧倒的に耳のこと。

 

でも、会場に展示されている画家の言葉は、この共同生活が実り多いものでもあったことを示しています。

 

二人が見てほしかったのは、耳ではなく絵ですよね。

 

 

私はいつか読んだレノンの言葉を思い出していました。

 

「ぼくは生涯で二人のパートナーを得た。ポール、そしてヨーコだ。悪くないだろ?」

 

二人の創作家が火花を散らすとき、そこからは世にも美しいものが生まれてきます。

 

火花は時に爆発に至るけど、後に続く人たちに影響を与えずにはおかないものですね。

 

レノンの手紙にあるように、全てのアーティストに影響を与えることなどあるはずもないけれど。

 

(冒頭の写真、ゴッホが描いたアルルの跳ね橋は復元されているようです。)