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「スゴロクで学ぶユーチューブ」講座の72回目を公開中です。

 

ゲームの主人公は「ケーズデンキ」の創業者・加藤馨さんとその後継者・修一さんで、72回目の前編と73回目の後編にわかれています。

 

今回の前編は、ゲームタイトル《3坪のラジオ店が、水戸に90坪の店を出すまでに成長》になります。

 

『正しく生きる ケーズデンキ創業者・加藤馨の生涯』を参考文献に制作しています。

 

 

ゲームの主な内容は

 

1戦争体験から「頑張らない」重要性を学習

 

2水戸で終戦、通信知識でラジオ店を開業

 

3誠実な対応と修理技術で人気店に成長

 

4「3種の神器」発売で家電ブームの到来

 

5重電3社の市場参入と販売店の系列化

 

6各社の製品を販売する混売店の時代

 

7長男・次男を採用、会社の後継者を決定

 

になります。

 

 

1947年、ケーズデンキ創業者の加藤馨さんは、軍人時代の通信技術をいかして3坪のラジオ店を開業します。

 

ラジオ店の仕事は、戦争中の部品不足で壊れたままになっていたラジオの修理でした。

 

部品代や手間賃を高くして稼ごうとするラジオ屋さんがいるなかで、加藤さんは修理代の明細を書いた伝票を発行する明朗会計でお客さんの信頼を得ていきます。

 

 

昭和30年代に入ると、「3種の神器=テレビ、洗濯機、電気冷蔵庫」が話題になり家電ブームが始まります。

 

1958年ごろになると、白黒テレビの価格はサラリーマンの年収の約半分7万円まで下がり買いやすくなります。

 

1959年、皇太子殿下(現上皇さま)ご成婚パレードがテレビ中継され、それをみるためテレビは爆発的に売れます。

 

 

家電市場の成長性から重電3社(東芝、日立、三菱)も積極的に設備投資を行い、販売網の整備を進め市場での影響力を高めていきます。

 

1964年、東京オリンピックのカラーテレビ販売が不発に終わり家電業界は一時低迷します。

 

しかし、1966年頃からカラーテレビの価格がさがり売れだすことで第二次家電ブームの時代を迎えます。

 

販売競争は電気店だけでなく、ダイエーなどスーパーとの「安売り合戦」も始まります。

 

 

加藤電機商会は、水戸では誠実な店として人気で、松下電器の専売店「ナショナルショップ」に加盟していましたが、お店の成長に向け会を退会します。

 

家電店が成長するには、メーカーの専売店ではなく、「①価格競争力、②各社の製品を混売、③商品を多く展示」する大型店でなければと判断します。

 

 

新たに売り場90坪の大型店「駅南店」を出店、開店に合わせ「我が社の信条」なる5か条を発表、会社の成長に向けた取り組みを強化します。

 

ケーズデンキの成長はここから始まります。

 

このゲームでは、「戦後まもなく夫婦2人で始めた3坪のラジオ店を、90坪の家電量販店を出店するまでに成長させた働き方」について学ぶことができます。