子どもと一緒に公共施設を利用していると、ときどき「なるほど、子どもにとってはこう見えるんだな」と考えさせられる場面があります。

 

先日、あまり普段は行かない図書館に、子ども向けのNintendo Switchのプログラムがあると知って行ってみました。

 

ところが、私がプログラムの時間を1時間勘違いしていたんです。

 

図書館に着いたときには、すでにプログラムは終了。

 

楽しみにしていた息子には申し訳なくて謝ったのですが、息子は意外なほどあっさり、

「全然気にしなくて大丈夫」

と言ってくれました。

 

そこで、「代わりに何かやりたいことある?」と聞くと、息子は「パソコンでWordを使いたい」と。

 

そこで図書館のパソコンを使わせてもらうことにしました。

 

私はその隣のパソコンを開いて、娘のためにログインしてWordを使える状態にしていました。

 

娘はまだ1歳なので、もちろん大人のようにWordで何か仕事をするわけではありません。

 

それでも、私が付き添いながら一緒にパソコンを触っていたわけです。

 

すると、Nintendo Switchのプログラムが終わり、参加していた子どもたちが部屋から出てきました。

 

その中にいた、中学生くらいに見える男の子が、突然パソコンを使いたいと大騒ぎし始めたのです。

 

「パソコンを使いたい」という気持ちは分かる

図書館には子ども向けのパソコンスペースがありました。

 

ただ、そのときはほとんどのパソコンが使用中。

 

中には電源が切れているものもありました。

 

大人からすると、

「電源が切れているなら、入れれば使えるのでは?」

と思いますよね。

 

でも、その男の子からすると、ログイン画面になっていないパソコンは「自分が使ってはいけないもの」に見えたのかもしれません。

 

そして、自分が使えるパソコンがないことに納得できず、

「パソコンがない!」

という感じで騒いでいました。

 

そのうち、私の娘が使っていたパソコンを指差して、

「あのパソコンが欲しい」

「どうせ赤ちゃんはパソコンなんて使わないでしょ」

と言ったんです。

 

私は思わず、

「なるほど……そういう発想になるのか🤣」

と思ってしまいました。

 

もちろん、その子がパソコンを使いたい気持ち自体は、何も悪くありません。

 

図書館に来て、パソコンを使いたい。

 

それは普通の希望です。

 

問題は、そこから先です。

 

「自分が使いたい」と「だから他人が譲るべき」は別の話

ここは、大人でも意外と混同してしまうところではないでしょうか。

 

たとえば、

「私はこのパソコンを使いたい」

というのは、本人の希望です。

 

でも、

「私はこのパソコンを使いたい。だから、今使っている人は譲るべきだ」

となると、話が変わります。

 

さらに、

「どうせあの小さい子は大したことをしていないのだから、自分が使ったほうがいい」

となると、そこには他人の利用目的を勝手に評価するという問題まで入ってきます。

 

今回、娘は1歳です。

 

正直なところ、

「1歳児が図書館のパソコンを使っていて、何がそんなに必要なの?」

と思う人がいても、それ自体は理解できます🤣

 

でも、

「1歳児だから必要性が低い」ことと、「だからその子が使っているパソコンを自分が使っていい」ことは同じではありません。

 

ここは非常に大事な違いだと思います。

 

公共の場では「誰のほうが必要か」だけでは決まらない

公共施設では、自分にとって必要だからといって、必ずしも他人より優先されるわけではありません。

 

図書館のパソコンなら、

「自分も使いたい」

と思ったら、

  • 空いているパソコンを探す
  • 電源が切れているなら利用できるか職員に確認する
  • 順番を待つ
  • 使っている人が終わるのを待つ
  • 司書さんに相談する

など、いくつかの方法があります。

 

今回も、最終的には司書さんが対応していました。

 

つまり、

「使いたい」という気持ちは否定しなくても、「だから他人の使用中のものを自分が使える」ということにはならないわけです。

 

これはパソコンに限った話ではありません。

 

遊具でも、おもちゃでも、座席でも、公共施設の設備でも同じです。

 

「小さい子だから譲ってもらえる」とも限らない

逆に、今回の話を「中学生くらいの男の子が悪い」というだけで終わらせるのも違うと思っています。

 

もし立場が逆だったらどうでしょう。

 

娘が1歳だからといって、

「小さい子なんだから譲ってあげて」

と周囲から当然のように言われたら、それもまた違和感があります。

 

公共の場では、

「誰が使っているか」

という事実も大切です。

 

年齢が小さいから優先されるわけでもないし、年齢が大きいから優先されるわけでもありません。

 

もちろん、状況によって譲り合いや配慮が必要になることはあります。

 

でも、それは「相手の年齢が低いから」「自分のほうが必要だから」という一方的な判断とは違います。

 

 

子どもに必要なのは「欲しがらないこと」ではない

こういう場面を見ると、

「最近の子はわがままだ」

とか、

「他人への配慮がない」

とまとめたくなるかもしれません。

 

でも、私はむしろ、子どもに必要なのは「欲しいと思わないこと」ではないと思います。

 

「パソコンを使いたい!」

と思うのは自然です。

 

「自分も使いたかった!」

と思うのも自然です。

 

大切なのは、その次です。

 

「自分はそう思っている。でも、相手にも相手の都合がある」

と理解できるようになること。

 

そして、

「自分の希望をどうやって実現するか」

を考えられるようになることです。

 

「使いたい。でも全部使用中だ。じゃあどうしよう?」

と考える。

 

「電源が切れているパソコンがある。でも勝手に使っていいのか分からない。じゃあ司書さんに聞こう」

と考える。

 

こうした経験そのものが、公共の場での社会性につながっていくのだと思います。

 

そして、今回一番印象に残ったのは息子の反応だった

実は、この出来事の前に、私はちょっとした失敗をしています。

 

Nintendo Switchのプログラムの時間を、私が1時間間違えていたのです。

 

息子はせっかく楽しみにしていたのに、到着したときにはもう終わっていました。

 

私は息子に謝りました。

 

ところが息子は、

「全然気にしなくて大丈夫」

と言ってくれました。

 

そして私が、

「じゃあ、代わりに何かやりたいことある?」

と聞くと、

「Wordを使いたい」

と言ったのです。

 

そこでパソコンを使うことになりました。

 

もちろん、息子だってNintendo Switchをやりたかったはずです。

 

でも、予定どおりにいかなかったことに対して、

「じゃあ、今できる別のことをやろう」

と切り替えた。

 

この姿を見た直後だったからこそ、隣で「自分が使えるパソコンがない!」と大騒ぎする子どもの姿が、余計に印象に残ったのかもしれません。

 

子どもによって「予定が崩れたとき」の反応は違う

もちろん、これは単純に「息子は良い子で、あの男の子は悪い子」という話ではありません。

 

子どもによって、性格も違います。

 

楽しみにしていたことができなくなったとき、

「じゃあ別のことをしよう」

と切り替えやすい子もいれば、

「どうしても今やりたい!」

という気持ちが強くなる子もいます。

 

また、その場でどう振る舞えばいいのかを知っているかどうかでも、対応は変わります。

 

だからこそ、大人が子どもに教えていく必要があるのは、

「欲しがるな」ではなく、「欲しいと思ったときにどう行動するか」

なのではないでしょうか。

 

「自分の気持ち」と「相手の権利」は両立できる

私は今回の出来事を見て、

「自分が使いたいと思うこと自体は悪くない」

ということと、

「だから他人が使っているものを自分が使っていいわけではない」

ということを、改めて考えました。

 

自分の希望を持つことは大切です。

 

遠慮しすぎる必要もありません。

 

「私も使いたいです」と伝えることだって大切です。

 

でも、その希望を伝えた結果、相手が譲らなかったとしても、

「じゃあ次はどうする?」

と考えられることも同じくらい大切です。

 

これは、子どもだけではなく、大人にも当てはまることだと思います。

 

自分が困っている。

自分が急いでいる。

自分にとって必要だ。

 

だからといって、必ず他人より優先されるわけではありません。

 

「自分の希望は、自分にとって大切。でも、相手にも相手の事情がある」

この両方を認められることが、公共の場で人と一緒に過ごすための基本なのだと思います。

 

そして私は、少しだけ「時間を間違えてよかった」と思ってしまった

ところで、最初のNintendo Switchの話に戻ります。

 

私は時間を1時間間違えました。

 

息子には申し訳なかった。

 

本当に申し訳なかったのですが……。

 

その後の光景を見ていると、

「もしかして、時間に間に合わなくてよかったのかもしれない🤣」

と、ほんの少しだけ思ってしまいました。

 

もし時間どおりに到着していたら、息子もNintendo Switchのプログラムに参加していたわけです。

 

そして、プログラムが終わった後に、あのパソコン騒動を目の前で見ることになっていたかもしれません。

 

結果的に息子はWordを使えて、私は子どもたちの行動の違いを観察することができました。

 

何より、

「親が予定を間違えても、子どもは意外と柔軟に切り替えられることがある」

ということを、息子の反応から知ることもできました。

 

予定どおりにいかなかった一日でしたが、こういう予定外の出来事からこそ、子どもの成長や、人との関わり方について考えさせられることもあるものです。

 

そして次に図書館へ行くときは……。

 

今度こそNintendo Switchの時間を間違えないようにします🤣

 

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