先日、家族でトロントのバスに乗っていたとき、思いがけないトラブルに遭遇しました。
夫がバスの優先席に座ったところ、隣にいた男性から突然「Do you want a hug?(ハグしたいのか?)」と声をかけられたのです。
最初、夫は冗談か何かだと思ったそうです。しかし、その後の男性の言動から、どうやら夫が自分に性的な関心を持っていると思い込み、同性愛嫌悪に基づく侮辱的な言葉を浴びせていたことがわかりました。
夫はただ、空いている席に座っただけです。
しかも、私はすぐ近くに座っていて、娘を抱っこしていました。息子も少し離れた席に座っていました。
家族で普通にバスに乗っていただけなのに、どうしてこんなことに巻き込まれなければならないのでしょうか。
今回は、トロントの公共交通機関で実際に経験した出来事と、子連れで外出するときに感じた不安、そしてトラブルに対応するバス運転手の大変さについて書きたいと思います。
空いている優先席に座っただけなのに突然の暴言
その日は、家族で出かけていて、少し大きな荷物を持っていました。
バスに乗ると、優先席は5席あるうち、男性が一人座っているだけで、ほかは空いていました。
夫は荷物を持って車内の後方まで移動するのも大変ですし、席も空いていたため、前方の扉付近にある優先席に座ることにしました。
すでに座っていた男性の近くでしたが、特に不自然なことではありません。
ところが、夫が座ると、その男性が「Do you want a hug?」と聞いてきたそうです。
夫は最初、何かの冗談かと思ったそうですが、その後、男性は「なぜここに座ったんだ」という趣旨のことを繰り返すようになりました。
私は最初、優先席に座る資格がないと言いたいのかと思っていました。
しかし、話を聞いていると、どうも違うようです。
夫が男性の近くに座ったことから、夫が自分に性的な関心を持っていると思い込んでいたようでした。
つまり、自分は男性からの関心を望んでいない、そんなつもりはないということを、夫に対して訴えていたようなのです。
その後、男性は夫に対してFワードを繰り返し、侮辱的な言葉を浴びせ始めました。
ただ隣に座っただけで、なぜ同性愛者だと決めつけるのか
そもそも、公共交通機関で誰かの隣に座ることは、ごく普通のことです。
相手が男性であろうと女性であろうと、空いている席に座る。それだけの話です。
それなのに、男性は夫が自分の近くに座ったというだけで、自分に性的な関心があると勝手に解釈していました。
もちろん、誰かに性的な関心を向けられることを望まない自由はあります。しかし、そもそも相手が自分に関心を持っているという根拠もないのに、勝手に決めつけて侮辱するのは別の話です。
ちなみに、私は夫のすぐ近くにいました。夫の隣には私がいて、私は娘を抱っこしていました。家族でバスに乗っていたのです。
それでも、男性は自分の思い込みを優先して、夫に暴言を吐き続けました。
ただ、ここで一つ書いておきたいのは、仮に夫が同性愛者だったとしても、今回の男性の行動が正当化されるわけではないということです。
性的指向が何であっても、公共交通機関で隣に座ることは何も問題ありません。
相手が勝手に作り上げたストーリーを理由に、他人を攻撃していいわけではないのです。
子どもを連れていると、トラブルへの感じ方が変わる
実は、これまでにも子どもたちを連れて外出したとき、嫌な思いをしたことはあります。
ただ、多くの場合は、こちらが関わらなければ終わります。
席を移動する。別の車両に移る。場合によっては路面電車を降りる。
相手と距離を取れば、それ以上関わらずに済むことがほとんどでした。
しかし、今回は違いました。
こちらが何も言っていないのに、一方的に侮辱され続けたのです。
夫は私の近くに移動しましたが、男性は立ち上がってこちらを覗き込むようにしながら、暴言を続けました。
最初は冷静に様子を見ていた私も、だんだん心拍数が上がっていくのがわかりました。
そして、子どもがいると、どうしても考えてしまうことがあります。
もし、この男性がさらにエスカレートして手を出してきたらどうしよう。
もし、娘に手を出したら?
私は娘を抱っこしていました。息子は少し離れた席に座っていました。
夫も、同じことを考えていたそうです。
自分たちだけなら、多少嫌な思いをしても、その場を離れればいいと考えられるかもしれません。
しかし、子どもが一緒だと話が違います。
特に今回は、相手が大柄な男性で、暴言をやめる様子もありませんでした。
娘は泣いていませんでしたが、だからといって私たち親が安心できるわけではありません。
子どもがその状況をどこまで理解しているのかもわかりませんし、何か起きたときに自分がすぐに対応できるのかも考えてしまいます。
自分が抱っこしている娘だけでなく、少し離れたところにいる息子のことも気になります。
子連れで外出していると、こうした場面では、自分一人のときとは違う判断をしなければなりません。
その場を離れようとしても、男性は暴言をやめなかった
私たちは、次のバスもすぐに来るだろうと考え、途中で降りることにしました。
夫と相談して立ち上がると、男性は今度は、夫が何も言い返さないことを臆病者だと侮辱し始めました。
こちらは口論をしたいわけではありません。
ただ、その場を離れたいだけです。
運転手さんも男性の様子に気づき、静かにするように注意してくれました。
しかし、男性はさらにヒートアップしました。
私は怖くなり、運転手さんにも「私たちはここで降ります」と伝えました。
バスを降りた後も、男性は相変わらず「なぜここに座ったんだ」という趣旨のことを繰り返していました。
夫は前方の扉が開いていたため、運転手さんに何が起きたのかを説明しました。
最終的に、運転手さんは男性にバスから降りるように指示し、その男性はバスを降りました。
私たちが降りた後も、運転手さんと男性の間では口論が続いていました。
何人かの乗客がバスを降りて、後から来た別のバスに乗り換える様子も見かけました。
結局、一人の乗客が起こしたトラブルによって、バス全体に影響が出てしまったのです。
バスの運転手は運転するだけではない。乗客トラブルへの対応もある
今回、男性がバスから降ろされるまでの様子を見ていて、改めて感じたことがあります。
それは、公共交通機関の運転手さんの仕事は本当に大変だということです。
バスの運転手さんは、乗客を安全に目的地まで運ぶことが仕事です。
しかし、実際には運転以外にも、さまざまな問題に対応しなければなりません。
乗客同士のトラブルが起きれば、状況を確認し、必要に応じて注意しなければなりません。
今回のように、一方の乗客が一方的に暴言を吐いている場合でも、運転手さんは対応を求められます。
ところが、注意したからといって相手が話を聞いてくれるとは限りません。
むしろ、注意した運転手さん自身が怒りの矛先を向けられる可能性もあります。
運転手さんは、乗客を安全に運ばなければならない立場でありながら、乗客から恨みを買いやすい立場にもいるのだと思いました。
何も問題を起こしていないのに、トラブルの仲裁をしなければならない。
注意すれば相手が怒るかもしれないし、対応しなければほかの乗客が不安な思いをする。
どちらにしても簡単ではありません。
今回、運転手さんは私たちに「ごめんね」と声をかけてくれました。
男性に対しても、最終的にはバスから降りるように指示してくれました。
私たち自身も怖い思いをしましたが、運転手さんも大変だっただろうと思います。
だからこそ、最後には「ごめんね、ありがとう」という気持ちになりました。
運転手さんに、乗客全員の問題を一人で解決する責任があるわけではありません。それでも、その場で対応してくれたことには感謝しています。
後から考えると、男性の思い込みには笑ってしまう
ちなみに、この出来事は、その場では本当に怖かったのですが、後から落ち着いて考えると、男性の思い込みには少し笑ってしまいます。
夫はただバスの空いている席に座っただけです。
それなのに、相手の男性は、自分の近くに座ったということは自分に気があるのではないか、と勝手に解釈したようでした。
そして、自分はその気がないということを、わざわざ暴言で伝えようとしていたわけです。
いや、誰もあなたに告白していませんけど?
そもそも、夫は私の近くにいて、私は娘を抱っこしていました。
家族で普通にバスに乗っていただけです。
もちろん、相手が実際に何を考えていたかは本人にしかわかりません。しかし、少なくともその後の言動からは、自分が男性から性的な関心を向けられているという思い込みがあったように見えました。
自分の隣に座っただけで、そこまで考えるのかと思うと、ある意味すごい話です。
ただし、笑い話にできるのは、無事にその場を離れられたからです。
その場では、相手が何をするかわからないという怖さがありました。特に子どもたちが一緒だったので、何も起きなくて本当によかったと思っています。
公共交通機関では、誰もが安心して移動できる環境が必要
公共交通機関には、さまざまな人が乗っています。
年齢も性別も違えば、価値観や考え方も違います。
自分とは違う人が近くに座ることもありますし、必ずしも自分の希望どおりの環境になるとは限りません。
だからこそ、お互いに一定の距離感を保ち、必要以上に他人に干渉しないことが大切だと思います。
隣に座った人が気に入らなければ、別の席に移ることもできます。
しかし、自分の勝手な思い込みで相手を侮辱したり、暴言を浴びせたりすることは許されません。
今回、夫はただ空いている席に座っただけでした。
私たちは家族で移動していただけです。
それなのに、相手の思い込みによって嫌な思いをし、途中でバスを降りることになりました。
さらに、ほかの乗客にも影響が出て、運転手さんも対応に追われました。
一人の人の偏見や怒りが、どれだけ多くの人に迷惑をかけるのかを考えさせられる出来事でした。
そして、子どもを連れているときは、何よりも家族の安全を優先しなければなりません。
相手に言い返すことが正しいとは限りませんし、最後までその場にいる必要もありません。
怖いと感じたら、その場を離れる。それは臆病なのではなく、自分と家族を守るための判断です。
今回、私たちは無事にバスを降りることができました。そして、対応してくれた運転手さんにも感謝しています。
ただ普通にバスに乗って、目的地に向かいたかっただけなのに。
公共交通機関が、誰にとっても安心して利用できる場所であってほしいと改めて思いました。
【関連記事】