「他人の目なんて気にしなくていい。」
「自分のことは自分が一番分かっている。」

 

最近では自己肯定感を高める言葉として、こうした考え方をよく耳にします。

 

私自身も、この考え方はとても大切だと思っています。

 

でも一方で、SNSを見ていると、こんな場面もあります。

 

「本当のことを知っているのは自分たちなんだから、言いたい人には言わせておけばいい。」

 

この考え方には、どこか違和感を覚えることがあります。

 

もちろん、それが正しい・間違っているという話ではありません。

 

ただ、この2つは似ているようで、実は少し性質が違うのではないかと感じました。

 

「他人の目を気にしなくていい」が当てはまる場面

例えば、

  • 髪型を変えた。
  • 新しいことに挑戦した。
  • 子育ての方針が周りと違う。
  • 転職した。

そんな時に周囲から何か言われても、

「自分が納得しているなら、それでいい。」

と思えることは、とても大切です。

 

他人は自分の人生を生きているわけではありません。

 

自分の価値や幸せは、自分が一番理解しています。

 

だから、必要以上に周りの評価に振り回されないことは、心を守ることにもつながります。

 

でも、「自分だけが知っていればいい」では済まないこともある

一方で、少し違うケースもあります。

 

例えば、

「誤解されている。」
「事実とは違うことが広まっている。」

 

そんな時です。

 

自分自身は真実を知っています。

 

でも、周りの人はその事実を知りません。

 

つまり、自分の中では100%真実でも、相手から見える世界ではそうではないことがあります。

 

違うのは「自己評価」なのか「信頼」なのか

私が感じる違いはここです。

 

「他人の目を気にしなくていい」という話は、自分自身の評価の話です。

 

一方、

「誤解されても自分だけ知っていればいい。」

という話は、自分以外の人との信頼関係の話になります。

 

ここでは、自分が何を知っているかだけではなく、相手がどう受け取るかも現実の一部になります。

 

 

私たちの日常でもよくあること

これは有名人だけの話ではありません。

 

例えば会社で、

「本当は遅刻じゃなかった。」

と思っていても、何も説明しなければ周りは事情を知りません。

 

友人との約束でも、

「返信するつもりだった。」

と思っていても、相手には「無視された」と映ることがあります。

 

夫婦でも、

「悪気はなかった。」

だけでは伝わらないことがあります。

 

自分が知っている事実と、相手が知っている事実は一致しないことがあるのです。

 

だから説明することは「負け」ではない

最近は、

「いちいち説明しなくていい。」
「分かる人だけ分かればいい。」

という考え方もよく見かけます。

 

もちろん、それも一つの選択です。

 

ただ、説明することは、相手に屈することではありません。

 

信頼を大切にしたい相手がいるなら、誤解を解く努力もまた、人間関係を築くための大切なコミュニケーションだと思います。

すべての批判や誤解に反応する必要はありません。

 

しかし、「放っておく」ことにも、「説明する」ことにも、それぞれメリットとデメリットがあります。

 

正解は一つではない

結局のところ、

「他人の目を気にしない。」

という考え方と、

「相手に伝える努力をする。」

という考え方は、矛盾しているようで、実は共存できます。

 

自分の価値まで他人に決めてもらう必要はありません。

 

でも、相手との信頼関係は、自分一人では作れません。

 

だから私は、

「自分の価値は自分で決める。でも、信頼は相手と一緒に築くもの。」

 

この2つを分けて考えることが大切なのではないかと思っています。

 

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