出産を控えた人や産後のママに向けて、

「何かあったらいつでも言ってね。」
「手伝うから遠慮しないでね。」

 

そんな言葉をかける人は少なくありません。

 

一方でSNSでは、

「実際には誰にも頼れなかった。」
「『何かあったら言ってね』と言われても、頼れることなんてなかった。」

という投稿を見かけることもあります。

 

私はその両方の気持ちが分かります。

 

2人の子どもを育ててきて思うのは、「何かあったら言ってね」という言葉は決して無責任ではないけれど、実際にはその言葉だけでは埋められない現実もあるということです。

 

産後、本当に助けてほしいこととは?

産後は寝不足が続き、体も思うように回復しません。

 

だから本当に助かるのは、

  • 「赤ちゃんを見ているから少し寝ておいで。」
  • 「ご飯を作っておくよ。」
  • 「洗濯だけやっておくね。」
  • 「掃除はやっておくから休んで。」

そんな家事や休息のサポートです。

 

でも、それが簡単ではありません。

 

例えば母乳育児の場合、赤ちゃんが泣けば結局は母親が授乳しなければならないことが多く、「赤ちゃんを預かるよ」と言われても十分に休めるとは限りません。

 

だからこそ、本当に助かるのは家事をしてもらえたり、その間に少し眠らせてもらえたりすることなのです。

 

家事を頼める相手は、ごく限られている

とはいえ、家事をお願いするということは、自宅に入ってもらうということでもあります。

 

掃除や洗濯、料理を頼める相手は、

  • 家族
  • 長年付き合いのある友人
  • 心から信頼できる人

くらいではないでしょうか。

 

学校で知り合った保護者や近所の人に、

「家に来て洗濯してもらえませんか?」

とお願いするのは、多くの人にとって現実的ではありません。

 

頼む側も気を遣いますし、頼まれる側も「どこまで踏み込んでいいのだろう」と迷います。

 

食べ物の差し入れも、実は簡単ではない

「産後はご飯を届ければ助かる。」

 

そんな意見もよく見かけます。

 

もちろん、それがありがたい場合もあります。

 

でも実際には、

  • アレルギーがある。
  • 好き嫌いがある。
  • 母乳育児で食事内容を気にしている人もいる。
  • 冷蔵庫や冷凍庫に入らないこともある。
  • 「早く食べなきゃ」とプレッシャーになることもある。

など、さまざまな事情があります。

 

一方で差し入れをする側も、

「またお願いされるようになったらどうしよう。」

と感じることがあるかもしれません。

 

善意だからこそ、お互いに遠慮が生まれるのです。

 

「もっと頼ればいい」は、そんなに簡単ではない

産後の母親が頼れない理由は、「助けがない」だけではありません。

  • 他人を家に入れることへの抵抗感
  • 育児について口を出されたくない気持ち
  • 相手に申し訳ないという遠慮
  • 一度頼ったら依存してしまうのではないかという不安

こうした心理的なハードルもあります。

 

私自身も、必要なら助けてもらいたい気持ちはあります。

 

でも同時に、「育児についてあれこれ言われたくない」「気を遣い続けるくらいなら自分でやったほうが楽」と思うこともあります。

 

だから、「もっと周りを頼ればいい」という言葉は、決して簡単なことではないのです。

 

私が本当に助けられた大家さんの存在

娘が生まれたとき、大家さんが息子を預かってくれました。

 

退院したその日には夕食をごちそうになり、本当にありがたかったことを今でも覚えています。

 

その後も、

娘のためにブランケットや帽子を手作りしてくれたり、

「何かあったら言いなさい。」

と気にかけてくれたり、

娘のカナダのパスポートを取得するときには保証人を快く引き受けてくれました。

 

さらに、予約が取りやすい別の街のオフィスまで車を出してくれ、生後1か月だった娘の証明写真が撮り直しになったときも、一緒に写真店まで付き添ってくれました。

 

でも、毎日のように育児を手伝ってもらったわけではありません。

 

だからといって、「助けてもらえなかった」と思ったことは一度もありません。

 

 

一生忘れられない、アントワープでの出来事

もう一つ、今でも忘れられない出来事があります。

 

息子がまだ小さかった頃、ベルギー・アントワープに住む友人夫婦の家に泊まらせてもらったことがありました。

 

息子は朝早く目を覚ます子だったので、その日も私たち夫婦は一緒に起きました。

 

息子は機嫌よくリビングで遊んでいました。

 

すると友人が、

「息子くんも機嫌がいいし、私たち夫婦で見ているから、あなたたちはもう少し寝ておいで。」

と言ってくれたのです。

 

その言葉に甘えて少し眠らせてもらいました。

 

あの数時間は、一生忘れられません。

 

毎日助けてもらったわけではありません。

 

長期間育児を代わってもらったわけでもありません。

 

でも、あのとき私たちに必要だったのは「睡眠」でした。

 

それを言われる前に察して、「ここは任せて」と言ってくれたことが、本当にうれしかったのです。

 

支援と依存は違う

私は、「助けてもらうこと」と「依存すること」は違うと思っています。

 

本当に困ったときに助けてもらえる。

 

何かあれば相談できる。

 

そんな人が一人でもいるだけで、親の安心感は大きく違います。

 

一方で、日常的に誰かが家事や育児を担うことを期待するのは、お互いに負担になってしまいます。

 

だから、「何かあったら言ってね」という言葉は、無責任な社交辞令ではなく、

「本当に必要なときには力になる。でも、お互いの生活も大切にしよう。」

という、とても現実的で温かい言葉なのかもしれません。

 

子育て支援は、量ではなくタイミングなのかもしれない

SNSでは、「もっと助け合うべき」「もっと頼るべき」という意見を目にします。

 

もちろん、それは理想として大切です。

 

でも現実には、助ける側にも生活があり、助けられる側にも遠慮やプライバシーがあります。

 

だからこそ、本当にありがたい支援とは、毎日育児を代わることではなく、

その人が本当に困っている瞬間に、自然と手を差し伸べること。

 

そして、「何かあったら言ってね」という言葉を、本当に必要な場面で行動に移してくれることなのだと思います。

 

私は大家さんの優しさも、アントワープで「私たちが見ているから寝ておいで」と言ってくれた友人夫婦の言葉も、今でも鮮明に覚えています。

 

子育て支援とは、何でも引き受けることではありません。

 

親が親として子育てを続けられるように、必要なときだけそっと寄り添う。

 

そんな支え方こそが、親にとって一生忘れられない「助け」になるのではないでしょうか。

 

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