路面電車で見かけたスパイダーマン
先日、子どもたちと一緒にトロントの路面電車に乗っていたときのことです。
全身スパイダーマンのコスチュームを着た男性が乗ってきました。
顔だけはマスクを外していましたが、それ以外は指先から足先までスパイダーマンそのもの。
イベント帰りだったのかもしれませんし、趣味でコスプレを楽しんでいたのかもしれません。
私はスパイダーマンの映画が特別好きというわけではありませんが、「人を助けるスーパーヒーロー」というイメージはあります。
だからこそ、最初は「おお、スパイダーマンだ」と少し面白い気持ちで見ていました。
印象に残ったのはコスチュームではなく行動だった
ところが、私の印象を決めたのはコスチュームではありませんでした。
男性は乗車すると、優先席の前で立ち止まりました。
そして、右足を優先席の座面に乗せ、吊り革につかまります。
乗ってきた瞬間には、くるっと体を回転させるような動きを見せ、その後も一つひとつの動きをピタッと止めながらポーズを決めていました。
私には、スパイダーマンになりきって格好をつけているように見えました。
でも、優先席に靴のまま足を乗せてポーズを決める姿は、格好いいというより、「公共交通機関で何をしているんだろう」という印象のほうが強かったのです。
お年寄りが来ると場所は空けた。でも…
しばらくすると、高齢の女性が乗車してきました。
男性は優先席の前を空け、反対側へ移動します。
その判断自体は当然のことです。
しかし、移動した先でも、今度は反対側の優先席の座面の上に靴を履いたまま両足でしゃがみ込み、スパイダーマンを思わせる片膝を立てたポーズを取り始めました。
正直なところ、「席を譲った」というより、「場所を移しただけ」という印象でした。
もし満席の中で、自分が座っていた席を自然に譲っていたなら、「素敵だな」と思ったかもしれません。
でも今回は、大人が優先席の座面に靴のまま両足でしゃがみ込み、ポーズを決めている姿が目に入り、「ヒーロー」というより、公共の場で座席を舞台のように使っているように感じました。
海外では靴のまま座席に足を乗せることもある。でも…
もちろん、文化の違いもあります。
トロントを含め、海外では日本ほど「靴のまま座席に足を乗せること」に抵抗がない人もいます。
特に小さな子どもの場合は、靴を脱がせたり履かせたりする手間もあるため、そのまま座席に足を乗せている場面を見かけることもあります。
一方で、大人となると話は別です。
外を歩き、トイレにも入る靴で公共交通機関の座席に足を乗せることを不快に感じる人は少なくありません。
実際、SNSでも「大人が靴のまま座席に足を乗せるのは嫌だ」という声は、日本だけでなく海外でもたびたび見かけます。
つまり、「海外だから気にしない」という単純な話ではなく、大人のマナーとして気になる人は一定数いるということです。
人は見た目ではなく、行動を見ている
今回改めて感じたのは、人は見た目よりも行動を見ているということです。
コスプレそのものは自由です。
スパイダーマンの格好をして路面電車に乗ること自体を、私はおかしいとは思いません。
むしろ、普通に立っていたり、静かに座っていたりしたら、「今日はイベントだったのかな」と思うだけだったでしょう。
でも、公共の場でポーズを決めるために優先席を使い、靴のまま座面に足を乗せる姿を見たとき、私の印象は大きく変わりました。
社会心理学では、人は相手を評価するとき、服装や肩書きだけでなく、その場にふさわしい振る舞いを重視すると考えられています。
だからこそ、どんなに格好いいコスチュームを身に着けていても、行動が伴わなければ、その魅力は伝わりません。
ヒーローらしさとは何だろう
私はスパイダーマンのファンというわけではありません。
それでも、「困っている人を助けるヒーロー」というイメージはあります。
だからこそ、優先席を舞台のように使ってポーズを決める姿には、どこかちぐはぐさを感じました。
本当に格好いい人は、自分を目立たせる人ではなく、周囲への配慮が自然にできる人ではないでしょうか。
ヒーローらしさは、コスチュームではなく行動に表れる。
そんなことを考えさせられた出来事でした。
まとめ|「格好いい」は演出ではなく、思いやりから生まれる
あの日、私の記憶に残ったのはスパイダーマンのコスチュームではありませんでした。
印象に残ったのは、その振る舞いです。
人は意外なほど、「何を着ているか」ではなく、「どう行動しているか」を見ています。
公共交通機関は、多くの人が利用する共有空間です。
だからこそ、本当に格好いい人とは、派手な演出をする人ではなく、その場にいる人たちへの思いやりを自然に示せる人なのだと、改めて感じた出来事でした。
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