先日、図書館の子ども向けプログラムでアイロンビーズ作りに参加しました。

 

アイロンビーズは小さなビーズを並べて作品を作る遊びですが、慣れていない子どもにとってはなかなか難しいものです。

 

色を選び、見本を見ながら並べ、崩れたらやり直す。小さな子どもだけで完成させるのは簡単ではありません。

 

その日、私の隣には上の子と下の子を連れたお母さんがいました。

 

上の子は幼稚園児か、小学校に入ったばかりくらいの年齢。

下の子はうちの娘と同じくらいの小さな子です。

 

上の子はアイロンビーズを作りたい。

でも一人では難しい。

 

下の子はまだじっと座っていられず、あちこち歩き回る。

 

お母さんは下の子を追いかけて抱っこして戻り、今度は上の子を手伝い、また下の子を追いかける。

 

その繰り返しでした。

 

うちだって同じ状況になっていたかもしれない

実は、その日の我が家はたまたま条件が良かったのです。

 

プログラムが始まる頃、娘はちょうど抱っこ紐の中でお昼寝をしていました。

 

そのおかげで私は息子のアイロンビーズ作りに集中できましたし、比較的スムーズに終わらせることができました。

 

でも、もし娘が起きていたらどうだっただろう。

 

きっと私も同じように娘を追いかけながら息子を手伝い、余裕をなくしていたかもしれません。

 

だからこそ、そのお母さんの大変さがよくわかりました。

 

決して要領が悪いわけでも、子どもへの接し方が悪いわけでもない。

 

ただ単純に、大人の手が足りないのです。

 

少しずつ厳しくなるお母さんの口調

時間が過ぎるにつれ、お母さんの口調は少しずつ厳しくなっていきました。

 

「早くしなさい」

「時間内に終わらないでしょう」

 

そんな言葉が聞こえてきます。

 

でも私は、その言葉の裏にあるものが何となくわかる気がしました。

 

本当に上の子に腹を立てているというよりも、

「下の子がどこかへ行かないようにしなきゃ」

「作品も完成させてあげたい」

「時間も気になる」

そんな焦りや疲れが積み重なっていたのだと思います。

 

上の子だって、本当はお母さんに隣でゆっくり見ていてほしかったはずです。

 

 

「下の子を見ておくから」

うちはすでにアイロンビーズを終えていました。

 

息子は遊び始め、娘も起きて歩き回っていました。

 

そこで私は、

「下の子を見ておくから、上の子に集中してあげて」

と声をかけました。

 

普段から親しくしている相手ではありません。

 

もしかしたら、他人に子どもを任せることに抵抗があるかもしれないとも思いました。

 

それでも、そのときは上の子がお母さんと一緒に作品を作る時間を持てたらいいなと思ったのです。

 

しばらく私は二人の小さな子どもたちを見守り、そのお母さんは上の子の隣でアイロンビーズを手伝っていました

その姿を見ながら、兄弟姉妹がいる子育ての大変さを改めて感じました。

 

そして思い出した路面電車での出来事

その光景を見ていて、ふと以前の出来事を思い出しました。

 

子どもたちを連れて路面電車に乗ったときのことです。

 

娘の機嫌が悪くなり、私は立ったまま娘を抱っこ紐に入れようとしていました。

 

そのとき、ジャケットを床に落としてしまったのです。

 

娘を支えながらジャケットを拾うのは難しく、どうしようかと思っていたら、隣に座っていた方が拾ってくれました。

 

しかも、

「ジャケットを持っていてあげるから、娘さんを抱っこ紐に入れてあげて」

と言ってくれたのです。

 

あのときのありがたさは今でも忘れられません。

 

本当に助かるのは「実際の手助け」

もちろん、子育て中に優しい言葉をかけてもらうのも嬉しいです。

子どもに笑顔を向けてもらうのも嬉しいです。

 

でも正直に言うと、

「荷物を持っていてあげる」

「ドアを押さえておくよ」

「ちょっと見ているから大丈夫」

そんな実際の手助けは、育児中の親にとって特別なありがたさがあります。

 

それは単なる親切ではなく、その人が自分の時間や手間を使って助けてくれているからです。

 

だからこそ心に残ります。

 

助けてもらったから、今度は私も

子育てはこれからも続いていきます。

 

私だって余裕がなくなる日があります。

 

息子の話を聞いてあげたいのに娘を追いかけてばかりの日もあります。

 

誰かを助けられるほど余裕がない日もあるでしょう。

 

それでも、あの日の路面電車で助けてもらったことや、図書館で見た親子の姿を思い出すたびに思います。

 

もし自分に少し余裕があって、手を差し伸べられる状況なら。

今度は私が誰かを助ける側になりたい。

 

子育ては親だけで頑張るものではないのかもしれません。

 

ほんの数分でも、誰かが少しだけ手を貸してくれる。

 

そんな小さな助け合いが、親の心を軽くし、子どもたちにも温かい記憶として残っていくのではないかと思うのです。

 

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