物語88 | Thinelの世界

Thinelの世界

私の描く世界へようこそ


  カエール侯爵は倒れた後、医者を呼び、痛みと咳のための注射をしてもらった。
  医者は入院したくない侯爵の気持ちを分かっているようで、入院の話に触れなかった。
  「もっといい治療を与えたいが・・・・」と溜め息交じりに医者は言っていた。
  眠っているカエール侯爵を我が子をいとしむ親のような眼差しで医者は見ていた。
  この子に救えの道がないと思っているだろう。

  私に渡されたノートに書いてあった通り、今度カエール侯爵に睡眠薬を飲ませなかった。
  数時間後、侯爵は目覚める。ベッドに座り、私に何か言おうとしたが、すぐ諦めた。
  疲れた笑顔を見せながら、目で水の瓶を示す。
  私は水と一緒に紙とペンを渡した。
  予想されていたこと、二回目血の大量を吐いた時に、少しの間話せないだろうと。
  いずれ完全に話せなくなる日が来るが、それはまだ先のことだ。
  
  侯爵は自分の胸に手を当てる。
  「痛いですか」
  カエール侯爵は頭が振る。はいと。
  「何か食べてから、薬を飲んだ方がいいので、スープを食べてみますか」
  断った。
  私は他の提案をしたが、断られた。でも、いつも頭を振るだけで、紙を使おうとしなかった。
  どうすればいいか分からない私に微笑んで、そしてじっと飲むことがなかった水を見ている。
  部屋のドアにノック。アンヌが入る。
  「カエールは目覚めたと執事から聞いたので、様子見に来ました」と入っていいかどうか戸惑うアンヌ。
  「目覚めているから、少し話ができますよ」と私は言った。
  アンヌはカエール侯爵のベッドに座った。
  「大丈夫?まだ痛い?」
  カエール侯爵は苦い微笑みを見せる。  
  「レディーアンヌ、今侯爵は話せない状況です」
  「話せないの?これからずっと?」と驚いているアンヌだった。
  「いいえ。また話せるようになりますが、2週間くらいちょっと困難でしょう」
  アンヌはカエール侯爵を見て、そしてもう何を言えばいいか分からず、座っていた侯爵の膝の上に頭をおいた。
  カエール侯爵はアンヌの髪を撫で始めた。
  「ゆっくり休んでね。仕事のことをアリアネに任せられることを任せて、体のことだけ考えてね」
  カエール侯爵は紙を取って、『ごめん』と書いた。
  「謝ることがないよ」とアンヌは言う
  私はアンヌを少し羨ましく思えた。最初に紙に書いた言葉はアンヌ宛だったから。
  咳を出す、侯爵は自分の手を見たら、また血。
  これから咳を出すことが多くなる。そして咳を出す度に多少の血が出る。
  カエール侯爵は痛し気そうな顔で、自分の手を見つめる。
  アンヌは気づき、立った。
  「夜ご飯の時に、また来ます。アリアネは疲れていたら、言ってください。看病をかわりにやりますから」
  「ありがとうございます」と私は言う
  アンヌは部屋から出た。私はハンカチをカエール侯爵に渡す。
  侯爵は私と目を合わせない。 
  「私を避けていませんか」
  カエール侯爵が書く。
  私は紙を受け取った。
  「死ぬことより、体調の回復の心配をしてください」としか言えない私だった。
  カエール侯爵は微笑み、そして目を瞑った。

                                   つづく

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