自己中 懐メロ | ゆづと仙台とユルユル語る

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 おばんです。

本日も自己満足のブログです。

しかも懐メロっぽいのです。

もしかして初めて言うかもかもしれないけど、ジョン・デンバーが好きでした。

過去形です。

なぜなら彼はすでにこの世にいないから。

自家用飛行機で墜落し亡くなりました。

アメリカまでファンレターを出して、写真付きのサインまでいただき、ローリングストーン誌の表紙を

飾った絵を描いて送ったら、それにもサインを書いて送り返された。んー、確かに送り返されたわ。

 

彼の一番最初に出てくる歌は、故郷へ帰りたい

ベガルタ仙台でもこの曲使われてるんだよね?

まあ、最初に思い浮かぶのは、オリビア・ニュートン・ジョンだろうけど、

ジョンが先に出して大ヒットした曲なのよ。

 

田舎の兄ちゃんって感じの、朴訥した印象でしたが、ウィキ見たらなんかDV夫だったらしい、

ちょっとショックです。

ジョンは2度結婚したんだけど、最初の奥さんはボクシングの試合のラウンドガール?っていうの

2ラウンド目とか、札をもってリングに上がるやつ(よっくわからない)で、ジョンはその試合の間の

歌をしてたことで知り合ったと。

かつて有名になってからあの湯川れい子氏がインタしたとき、子供は作らないのですかと質問に

対し、原因は僕の方だからと言ってたんですよね。あくまでも自分の責任と。

 ところが2番目の奥さんはオーストラリアの女性で、確か子供がバンバン生まれたらしい。

あー、ジョンは気遣って言ったんだなと思ったものです。それなのに。

 

 この故郷へ帰りたいの曲のいきさつは、ローリングストーンの雑誌に書いてありました。

ビルダノフとタフィーニバートのカップルとやはり地方巡業を一緒に回ったとき、帰りも彼らと同行し

その時ジョンは指を怪我したので、彼らの家で急遽手当てをしてもらったの。

その時今書きかけてる曲の続きができないとジョンに相談して、たちまちジョンはその曲を作ったのね。

それが「Country Road Take Me Home」なんですね。

それからジョンは二人から様々な楽曲も提供されたり、また彼らは新しいバンド、スタランドボーカル

バンドを結成。

Afternoon delight でグラミー新人賞を獲得。

 

なんかこの歌あまり大きな声でう歌えない、ちょっとエッチな曲だそうで、当時は知らずにいたものさ。

 

そうそう、ジョンはPPMにも曲を提供してるんです。

アルマゲドンの映画で、劇中歌をみんな歌ってたでしょ。

悲しみのジェットプレーン。

 

ね、聞けばおおそうかってわかるでしょ?

あ、PPMってわかるよね?

ピーターポール&マリーの三人組。

パフが有名かな。

 

確か最近マリーが亡くなって、あとの二人はどうしちゃたんだろう?

 

そうそう、アメリカの宇宙飛行士が、宇宙での朝がわからないのでこの曲を鳴らして起こしてもらった

そうな。

 

 

いや、懐かしいな。

今日は懐メロになったわ。

こりゃあ、読者の方には気の毒なことをしたわ。

すみませんが、最後に一番好きな歌、

ロッキーマウンテンハイをどうぞ。

 

まあ、ジョンはライブでも自分は大麻を吸ったことがあるとか、そのような歌詞の歌もあるし、

このロッキーマウンテンハイもしばらくカナダでは禁止されたようだけど、曲そのものは好きだし、

ギターワークがいいんだよね。

フランク・シナトラとかも共演したり、後半は???が多いことがあったなあ。

なんか次第に離れていったの。

まだ生きていたら、どんな言葉を発していたかな。

 

陽気で明るく、朴訥とした青年。

そのままのジョン・デンバーのままで胸に納めておこう。

では、最後まで曲を聞いて下さった方、

ありがとうございました。

 またつまらないと思うでしょうけど、お付き合いください。

では。ルンルン