文章を書くならアメーバブログに、と頑なに決めている
前にも書いたことがあるが、noteは敷居が高いのだ
だれかと繋がりたくて書いているわけではないし、見てくれるひとが増えてしまうと書くことも変わってきてしまうだろう
自分の書いた文章が人様のおすすめ欄に載るという恐怖 なんにも書けなくなってしまうよ
そんなわけで、アメーバブログに舞い戻ってきました 人がすくなくていいですね
だ、誰が読むんですか?って感じですけど
先日「ブログを読んでました」とDMを送ってくださった方がいたんです
気を遣って書いてくださったのかもしれないんですけど、うれしいよりも恥ずかしいぜ・・・という気持ちになりました だけど、だけど、嬉しいですね 工程を踏んで見にきてくださっているわけですから 本当にありがとうございます
こうしてくたばっている間にも、個人的にメッセージをくださった方がいて、読むことしかできず申し訳ございませんでした
せめてもの気持ちでいただいた分くらいはお返ししたいと思っていたのですが、「自分はこう思う」という答えがひとつに絞れなかったことと、文字を並べるという単純作業がとんでもなく大変なものになってしまいできませんでした
そして、わたしの意見によってあなたの意向が左右されてしまう恐れもあり、今回は個別にお答えすることを控えさせていただきました
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SNSという地獄を離れる適齢に達したのか、自分はだれになにを伝えたかったのだろうか?と意味を問うことが増えた
そういうことを考えてやっちゃいけないですよね、SNSって・・・ SNSって勢いだと思うから
これがすきだ、とか、こう思った、とか意味のないことを呟く場であったのに、すべての言葉に意味が付いてしまうような窮屈な場でもう差し出せるものがないような気がした
こうして物事がわからなくなってしまうと、途端に疎外感を感じてしまうのはよくないですね なににおいてもそうです 人生のほとんどをコレに振り回されているような気がします
勝手に離れていってしまっているのは自分のほうである
「変わらないでいる」ということは「そういうこと」なんだと思う うまく手を伸ばせないね
ひどく乖離した気がする 正直なところあんまり感覚がない、手応えもない
悲しいつらい苦しいという感覚ももはや曖昧で生ぬるい 殺してくれ、とも思う
元来た道を戻ることができたとしても、おなじ場所には戻れないだろう 悲しいことだが、それをゴールにしてしまうともっとダメになってしまう 近い場所には戻れるだろうから、それを目標にするとしか今は言えない わからない わからないことばかりだ これは本質ですか?
希望よりも絶望のほうが居心地がいい
希望の中で明るさを見出せないが、絶望の中の光は見つけられる自信がある
わたしらしいですね、って言ってしまえばアレですが
SNSになにかを載せるという行為は全部恥です 恥をかけるほうの人間に憧れがあります そして表現はほとんど暴力です
これも保険だとかいわれてしまうのかも でも、まあ、かけられるものは賭けてゆきたいですよね
とか思いたい!そ、そんな無責任なこと!いいたいよ!ウォ〜ン(泪)
