お盆の映画鑑賞第二段
『ひろしま』。
子どもたちの文集(原爆の子)を日本教職員組合が映画化を決定し、広島市民の全面的な協力により制作。
昨年にデジタルリマスターされ各地で放映されている事を知り、是非観たいと調べ、大阪は九条のシネヌーヴォで観て来ました。
このシネヌーヴォ、アート系の映画を上映する市民株主のミニシアター。
館内は数々の有名監督など、映画や演劇、その他著名人のサインなどが落書きされた趣きある映画館。
映画『ひろしま』は制作された時、まだ原爆投下からわずか8年、まだまだその傷がどんどん広がる中、現状の苦しみを広島内部にさえ誤解されている状況を普通の高校で描かれる事から始まり、学校を辞めなければならなくなった遠藤幸男のあの日からと今までを描いています。
僕はこれまでも何本もヒロシマや原爆、戦争に関する映画を観て来ました。
あらゆる描き方で人類が許してはならない原爆投下による人体実験、戦争についての意味のある映画を観て来ました。
この映画『ひろしま』は今から65年も前に制作された作品ながら、今観ても全く古さなどを感じさせない、むしろ新しい映画よりも圧倒的な力を感じました。
もちろんデジタルリマスター版だとは言え、CGどころかカラーでさえない。それでもモノクロの中に鮮明な血や灰や黒い雨、川の流れに色が見えます。
そこには当時、本当に原爆を体験した広島市民8万8000人が協力した人たちがエキストラなどで協力し、当時の服や防毒マスク、鉄カブトなど市民たちが本物を持ち寄って撮影されました。
作り物ではない、本当の広島の人たちからの、この映画への思い、熱がスクリーンから溢れています。
より多くの人に観てもらいたい。
僕は安倍首相が観ればどう感じるだろう、トランプ大統領も観れば良いのに、そんなことも思いながら映画館を後にしました。