昨日、「逆転人生」という番組を観ました。
「巨額の投資詐欺事件 銀行の不正を暴け」というテーマで
不動産投資詐欺事件を紹介していました。

2018年に話題になった、ある有名な銀行による
巨額不正融資事件です。
不動産業者と共に価値の低いシェアハウスに投資させるため、
約1千人もの人たちに総額1500億円を不正に貸し付けた

事件です。
主人公は冨谷皐介さんという人で、「かぼちゃの馬車事件〜

スルガ銀行シェアハウス詐欺の舞台裏」という著書もあります。

一番驚いたのが金融庁も絶賛していたような社会的信用があると
思われる有名銀行で、杜撰な融資が行われていたという事実です。
実におそろしいことです。

仏教では十悪という10の悪い行いがあり、そのひとつに
「妄語」(嘘をつく)というものがあります。
妄語や偸盗などをした者は焦熱地獄に堕ちるとされています。
実におそろしいことです。ムキー炎

 

維摩居士がこの世にいらっしゃったら、大いに一喝された

ことでしょう。

 

合掌お願い

フライパンを買い替えました。
ステンレス製を使っていたのですが、
身体に悪い有害物質が出るとのネット情報を見て
鉄製のフライパンに買い替えました。
窒化加工をしているというフライパンです。
これも身体にどう影響するかは不明ですが、
鉄分も摂れるのではないかと、期待しています。

 

でも、鉄のフライパンはこまめに手入れして
あげる必要があるのですね。びっくり
初回使用する前に「油ならし」をやって、
料理の前に「油返し」を毎回やらねばなりません。
ずぼらな私はなかなか辛いところで、当分は
油で手のひらがベトベトになりそうですが、
フライパンさんにうまく油がなじむよう頑張ります。

仏教用語に「熏習(くんじゅう)」という言葉があります。
お香を焚くと、衣服や壁に香りが浸透しますが、あるものの性質が
他のものに移るすることを「熏習」といいます。

特に、正しい教えを聞くことで、自分自身の心に清らかな種が
蒔かれていくことを「聞熏習」といいます。キラキラキラキラ
徳の高い人とお付き合いし、お話を聞いていると、
それが自分の心に染み込んでいって、よい結果として
表れるということですね。

よい油を染み込ませて、美味しい料理ができることを願う。

私は毎日、フライパンに良き油を「熏習」しているわけですね。
いつか美味しい料理ができますように。パスタ

 

昨晩、「日本の話芸」という番組で講談「瓜生岩子伝」を
やっていました。
瓜生岩子は、日本のナイチンゲールとも讃えられた人。

江戸時代の文政12年(1829)に小田付村(現・喜多方市)に
生まれました。
岩子が9歳の時に父が急死、自宅が火災で焼失したので、
岩子は母と弟の3人で母の実家・熱塩村山形屋(今の営業中)に
身を寄せることになります。

岩子は17歳で結婚し、呉服商を営みながら、3人の子供を

授かりましたが、やがて愛する叔父の死、33歳で夫と死別、

34歳の時に母をも亡くします。
不幸の連続に嘆く岩子は、母の菩提寺である示現寺へ

向かいました。

岩子は「この世に疲れました。亡くなった方々の供養のために
尼にでもなりたい」と愚痴をこぼします。
すると、隆覚禅師は「何、尼になりたい?罰当たりなことを。
お前は五体満足ではないか。世の中には不幸な人が、

ごまんといる。今日からは世のため、人のために尽くすがよい!」

と一喝しました。プンプン

その後、岩子は一念発起して、若い娘に裁縫を教えるなど

困窮者への救済活動を始めます。

出家することなく、娑婆世界で人のために尽くす。
まさに、『維摩経』の維摩居士の生き方そのものでは
ないでしょうか。

 

明日、維摩会の行事に参加してまいります。

合掌お願い

今日は、東日本大震災から11年目の日。
14:46に黙とうを捧げました。

今から、4年ほど前に、福島県浪江町に出張した時に、

請戸漁港の近くにある浪江町東日本大震災慰霊碑を

訪れました。

周辺は野原のようでしたが、以前は多くの住宅が

あったようです。
請戸小学校の跡も残されていました。

ボロボロになった校舎の外壁がとても

痛々しかったです。

ここに通っていた子供たちは今どこで

暮らしているのでしょうか。

被災地の一日の早い復興をお祈り申し上げます。

合掌お願い

ウクライナでの戦争は早く終わってほしい。

パラリンピックの話題が、

ロシア侵攻のニュースの陰に隠れてしまい、

胸が痛みます。

 

身障者の仏教者といえば、

大石順教尼が思い浮かびます。

 

明治38年、順教さんは大阪で芸者をしていた頃、

半狂乱の養父に刀で斬りつけられ両腕を失って

しまいます。
ある日、順教さんはカナリアが、くちばしで雛に

餌を運んでいるのを見て、ハッと気づいたといいます。

「鳥は手がなくても、一所懸命に生きているのに、

自分はどうか?」

それ以来、筆を口にくわえて書画を描くことを始めました。

昭和8年に高野山金剛峰寺で得度し、身障者の自立を

支援する教育を行なっていきます。

昭和30年には、口を使って書いた般若心経が日展の

書道部に入選しました。
不屈の精神は素晴らしく、頭が下がる思いです。

 

身障者の方々がイキイキと活躍できる社会が

訪れますように。ニコニコ

 

合掌