大学生の時、ロンドン郊外のエッジウェアという街に

ホームステイしました。
初めての海外経験でした。ひらめき音符イギリス

ホームステイ先の人に、
「私は1つだけ日本語を知ってるわよ。
それは、”musi musi”という言葉よ」と
言われました。タラータラータラー雲

「ムシムシ…!?」
私はなんでこんな日本語を知ってるのか?

”もしもし”の間違いじゃないの?とわけがわからず、
「ああ、そう…」みたいは返事をしただけで、
この会話は終わりました。。。真顔??

なぜ、こんな日本語を知っていたのか…?
その謎は、ホームステイを終えて、日本に
帰国した時にわかりました。

成田空港に着いて、飛行機のタラップを降りた瞬間、
身体全体が生暖かい湿った空気に包まれました。
「な、何だ?この湿気は・・・」
そうです。日本(アジア)はとても湿度の高い国なのだ
ということを、この時、初めて実感しましたびっくりアセアセ

「そうか、これがmusimusiだったのか…!!」
おそらく、日本を訪れたイギリス人が日本の高い湿度に
驚いて「ムシムシ」という言葉を強烈に脳裏に刻んで
帰国して、この言葉を周りの人に伝えたに違いないと
思ったのです。

日本国内にいる時は、高い湿気は当たり前過ぎて、
特に気付かなかったのですが、海外に出て初めて
日本の「ムシムシ」に気付きました地球

世阿弥の「離見の見」ではありませんが、
自国(自分)の姿をよりハッキリと認識するために、
一度、自国(自分)を離れることがとても大事
なのだ
ということを学んだ旅でした日本 飛行機 イギリス

 

それにしても、「ムシムシ」じゃなくて

「サムライ」とか「サクラ」とかもっと良い言葉を

知っていて欲しかったなあ。。。知らんぷり富士山ブーケ2ブーケ2ブーケ2


今年の夏休みシーズンの海外旅行者数は、コロナ前の
水準まで回復するという明るい見通しのようですね
楽しい旅で、皆様の視野が広がりますように

 

合掌お願い
 

今年も、もう半分過ぎましたねニヤリ
来年(2023年)のNHK大河ドラマ『どうする家康』は

嵐の松本潤さんが徳川家康役を務めるとか。

徳川家康というと、遺訓として伝えられている

「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し、

急ぐべからず」という言葉を思い出しますカブト気づき

私が小学校の時、日光に遠足に行って、

葵のご紋がついた印籠を買ったのですが、
その印籠の裏側に徳川家康のこの言葉が

書いてありました バスダッシュ

印籠を買ったときは、
「この印籠が目に入らぬか!」と
遊んでいたのですが(当時は『水戸黄門』が

大人気でした)、同時に「人の一生は重荷を

負うて遠き道を行くが如し」の言葉も
私の心の中に焼き付いていましたニコニコ笑い

維摩会(春秋館)で東洋哲学を学ぶようになって、
この言葉が『論語』からきていることを知りました

『論語』泰伯篇の曽子様(孔子様のお弟子)の言葉として
「士は以て弘毅ならざるべからず、任重くくして道遠し、
仁以て己が任と為す」
というのが、オリジナルだったの

ですね 指差しキラキラキラキラ


意味は、下記の通りです下差しにっこり飛び出すハート
曾子言う、士たる者は広い包容カと強い意思を

持たなくてはならぬ。なんとなれば、その任務は重く、

その人生行路ははるかに遠いからである。

その任ずるところは、最高至上の徳たる仁道の体得と

その実践である。何と実に重いことではないか。

しかも、その重任は死ぬまで続く。

何とまことに、遠いことではないか
          (『論語』吉田賢抗訳)

ちなみに第32代総理大臣・広田弘毅さんの元の名前は

「丈太郎」でしたが愛読書だった『論語』のこの章から

「弘毅」に改めたそうです。
若い頃は禅寺に座禅に通っていたとか。

『論語』は歴史上の人たちに多大な影響を

与えていたのですねうさぎのぬいぐるみ

遠い道のりを、楽しみながら歩めますように

合掌お願い

 仏教の最初期の経典『スッタニパータ』に、

次のようなお釈迦様の言葉があります。

ギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザ
「最高の目的を達成するために努力策励(さくれい)し、

こころが怯(ひる)むことなく、行いに怠ることなく、

堅固な活動をなし、体力と智力とを具(そな)え、

犀の角のようにただ独り歩め

『ブッダのことば スッタニパータ』

             (中村元訳、岩波文庫)より

ギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザ
 
お釈迦様の言葉というと、「心を清浄にするように」と

いった内容の言葉が多い印象がありますが、

「体力」に言及されているのは珍しいのではないかと

思います。ダンベル筋肉気づき

スッタニパータの中でも「体力」という言葉が語られて

いるのは、おそらく上記の「第三章 犀の角の六八」だけ

です。
同じ章で、荒牧典俊さんの訳は次のようになっています。
ギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザ
「最高究極の真理を体得しようと勇猛なる修行実践に

精励してきて、精神的に無気力になることもなければ、

修行実践において懈怠(けたい)することもない、

堅忍不抜に修行し続けていよいよ向上し、

気力も体力も充実しているそのようにひとり離れて

修行し歩くがよい、あたかも一角の犀そっくりになって

『スッタニパータ  釈尊のことば』

      (荒牧典俊訳、講談社学術文庫)より

ギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザ
 
中村元さんの訳だと「体力と智力とを具え…」となって

いますが、荒牧さんの訳では「気力も体力も…」となって

いますね指差しキラキラ

しかしどちらも「体力」は大事だと述べておられますウインク気づき

 最高の目的(最高究極の真理の体得)を達成するためには、体力も必要だということですねグッハッ

 年齢を重ねてくると、気力も体力も衰えてきて、

仕事から家に帰るとバタンキューで寝てしまう。。。大あくび

「さあ、これから瞑想するぞ!」と思っても、

5分後には寝てしまう。。。看板持ちzzz

ああ、もっと若い頃から熱心に仏道修行をしておけば

よかった、と思っても、後悔先に立たず。。。悲しい
本当に、身体が資本ですね。

私は維摩会(春秋館)で仏教を学んでいますが、

健康に関する指南も頂くことができます。

よい歳になると、体力あっての修行だと、

日々実感します筋肉ちょっと不満

 皆様がいつまでも健康で、精進できますように

合掌お願い

 

「人生100年時代」といわれるようになりました。
私たちは、長い人生をどのように生きるのか、
いま一度真剣に考えるべき時にきているのだと
思いますちょっと不満気づき

「ダンマパダ」という原始仏教の経典の中に、
「100年」という長い期間の生き方について、
お釈迦様が語られた言葉が残されています。
(ダンマパダ110と111の詩句です)キラキラブーケ2ブーケ2

素行が悪く、心が乱れていて百年生きるよりは、
徳行あり思い静かな人が一日生きるほうが優れている

 

愚かに迷い、心の乱れている人が百年生きるよりは、
智慧あり思い静かな人が一日生きるほうが優れてている

(『ブッダの真理のことば・感興のことば』中村元訳、

 岩波文庫)

友松圓諦さんの訳だと次のようになってます。
人もし生くること 百年ならんも
 慎むところなく こころ静けさを得ざるは
 戒を守り 思い禅(しずか)なる人の
 一日生きるにも 及ばざるなり

 

人もし生くること 百年ならんも
 智慧劣りて こころ静けさを得ざるは
 智慧をそなえて 思い禅(しずか)なる人の
 一日生きるにも 及ばざるなり

(『法句経』講談社学術文庫)

 

大切なのは、長く生きることではなく、

たとえ一日でも有意義に生きることだと

考えました。

皆様が思い禅(しずか)なる週末を

過ごされますように。ニコニコチューリップ赤チューリップ紫チューリップ黄

 

合掌お願い

先日、近所を歩いていると、黒い靴を履いている犬に

遭遇しましたびっくり
昔、『長靴をはいた猫』という東映動画のアニメが

ありましたが、靴を履いた犬を見たのは初めてです目
飼い主さんは若い男性でした。靴を履いた犬はテクテクと

普通に歩いていました。
「ここまで過保護にしなくてもいいのに…」と思いましたが、飼い主さんのペット愛が深いのでしょうね
先月、JR東日本はペットと新幹線に同乗する実証実験を

行いました。

犬や猫をケージから出して乗客と同席する利用の実験は

新幹線で初めてだったとか。
犬や猫と一緒に泊まれる旅館とかも増えてますね。
お犬様にとって、幸せな時代になったんですねトイプードルラブラブ

 

お犬様というと、「犬公方」と揶揄された徳川綱吉を

連想します。
以前は、人よりも犬を大切にした「暗君」とサイテーの

評価をされた将軍ですが、最近では「綱吉は戦国の野蛮な

風習を消し去り、儒教の徳や仁によって世の中を統治しようとした」と評価される傾向にありますねグッ気づき


最近、『ケンペルと徳川綱吉』(ベアトリス・M. ボダルト・ベイリー著、中公新書)という本の下記のような話を

読みました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ある日、徳川綱吉の側近の大老・堀田正俊が桜田門の外を

通ると、2人の浮浪児が道端で泣いていた。

堀田は「かわいそうに」と思って、子供たちを救おうと

した。

しかし、「自分は大老という最高位の役職者であって、

浮浪児を直接に救済することは、役務の範囲を超える」と

躊躇して、思いとどまった。
後日、堀田がこのことを綱吉に話したところ、

綱吉は「貧者を救うのは自分の職務の範囲を外れることだと考えたとすれば、汝の心の迷いの表れである。仁の心を発するのに、事の大小は関係ない。太陽と月はどんなに小さなものでも照らしているではないか?もし汝が些細なことにまで同情心を注ぐことを過ちであると考えたとしたら、むしろその考え自体が誤りである」と諭した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
う~む。

この部分だけ見ると、徳川綱吉は実にまっとうな人という

感じがしますね。
綱吉にはいろいろ失策もあったと思いますが、孔子様を

祀った湯島聖堂も建てていますし、儒教を広めた功績は

あるかもしれません。
儒教といえば仁、義、礼、智、信の五常(人が常に行なうべき五種の正しい道)が有名です。
そういえば、江戸時代の『南総里見八犬伝』に出てくる

八犬士は、「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の8つの徳目(八徳)を持った人物が活躍する物語でしたね犬

 

私は五常八徳が身に付けられるよう、維摩会(春秋館)で

東洋哲学を学んでいます。
仁、義、礼、智、信…を頭で理解はしても、実際に身に付けて実践するのはとても大変で、遠い道のりです
あまりに遠すぎる道のりなので、「とても仁の人には

なれない…」と弱気になる時もあります驚きガーン

でも、孔子様はおっしゃっています。
子曰く、仁遠からんや。我、仁を欲すれば、

  仁ここに至る」

(先生がおっしゃった。 仁は遠い所にあるだろうか?

  いや、そうではない。 私たちが仁を欲したならば、

 仁はそこにやってくる)   (『論語』述而篇)

 

仁愛で輝く世の中になりますようにキラキラ

 

合掌お願い