『妻のトリセツ』がベストセラーになった人工知能研究者、脳科学コメンテイターの黒川伊保子さんの著書、

『成熟脳』(新潮文庫)を読みました

「脳の本番は56歳から始まる」というサブタイトルに

魅かれて読んだのですが、
印象に残ったポイントを皆様と共有したくなったので、
以下に記してみます。

(長いので、何回かに分けてご紹介します♪)

オッドアイ猫ヒトの脳を装置として見立てた場合、人生最初の

  28年間、脳は著しい入力装置である。
  入力装置としてのピークは28歳まで。

  ヒトの脳を「新しいことをすらすら覚えられる」ことを

  もって頭がいいと言うのなら、ここがピークとなる。

 

オッドアイ猫しかし、この世にたった一つの脳をもって、私たちは

  生まれてくる。その装置の目的が「世間を知り、

  一般モデルを踏襲した優等生になる」ことにあるとは

  到底思えない。その脳にしか見えないもの、その脳に

  しか出せないことば、それを見つけてこその「この世で

  唯一の装置」なのではないか?

 

オッドアイ猫つまり、出力の質のほうが、人間の脳の真髄と見るべき

  ではないか?実は、この出力性能は、ずっとずっと後に

  ピークがやってくる。

 

オッドアイ猫14歳までに感性が整った脳は、その後、28歳までの

  14年間に、単純記憶力(多くの記憶を長くキープして

  おける能力)を最大限に使う。記憶を長くキープして

  いる間に、脳は、ばらばらの事象から共通項を切り出し

  たりして、知恵やセンスを創生できる。このため、

  この時期の暗記は、単なる暗記に留まらない。例えば、

  英単語を2千語覚える間に、英語の音韻センスを身に

  付けることができる。だから、15歳~28歳までの

  脳は、とにかく目の前に置かれた課題をかむしゃらに

  こなすことだ。

 

オッドアイ猫しかし脳内の回路の多くが入力装置として機能している

  15歳~28歳までの時期には、どうしても出力性能は

  いまひとつとなる。

 

オッドアイ猫とっさに本質を見極めるためには、「無駄なものを

  取りこまない」ことが不可欠なのだが、入力期の脳は

  あらゆるものを取り込もうとする。

  入力系と出力系では、信号処理が矛盾するのだ。

  だから、瞬時に本質を見抜いて、腹に落ちる正解を

  迷わずに言い当てることは難しい。

 

オッドアイ猫したがって、若者の脳は、正解を出すためにそこにいる

  のではない。がむしゃらに世の中を知り、試行錯誤と

  逡巡をするために、そこにいるのだ。

 

オッドアイ猫49歳という転機がある。女性の閉経の平均が49歳

  11か月、49歳は男性の突然死と自殺のピークとも

  言われ、身体と脳が大きな変化点にいることがわかる。 

  49歳になるとヒトは生殖のために生きてきた人生を、

  別の人生に切り替えるのである。

 

オッドアイ猫多くの人は、生殖能力を失って異性にモテる要素が

  消えてくると、「人生はおしまい」と感じるようだが、

  それは違う。

 

オッドアイ猫生殖だけが人生の目的なら、100歳を超えて生きたりは

  しない。脳は、決して無駄なことはしないものなのだ。

  脳が100歳を超えて生きる以上、人類の脳には、

  生殖以上の目的があるのである。

 

オッドアイ猫「生殖のために生きる人生」を「新たな目的の人生」に

  切り替えてから7年目、56歳を迎えると、

  人生の最高潮期=出力性能最大期が到来する。

  この出力性能最大期は84歳まで続く。

  健康でさえあれば、脳は、それまでとは違うものを

  発見し、この世の深淵に触れて暮らすことになる。

  なんとも素敵な真実ではないだろうか。

オッドアイ猫29歳~56歳までの間は、膨大な数の回路の中から、

  要らない回路をより分け、必要な回路を知るための

  28年間である。

  特に重要なのは、要らない回路を見極める作業だ。

  無駄なところに電気信号が行きやすい状態では、

  ヒトは他者に翻弄されやすく、本質を見失ってしまう。

  要らない回路を捨てることによって、人の思慮は深く

  なっていく。その、要らない回路を見極めるために

  不可欠なエクササイズが、「失敗」なのである。

オッドアイ猫失敗して痛い思いをすると、その晩眠っている問に、

  脳内では、失敗に使われた関連回路の閾値(生体反応が

  起こるための最低値)が上がり、電気信号が行きにくく

  なる。つまり失敗の数だけ、人は失敗しにくく、

  判断に迷わなくなる。

 

オッドアイ猫失敗が心に痛いほど、取り返しがつかないほど、

  脳への学習効果は大きい。失敗は脳をよくするために、

  人生で最も有効な入力なのである。

 

オッドアイ猫歩き始めた子どもは、何度も転んで痛い思いをする。

  そうして、バランスのとり方のセンスを身に付ける。

  人生も一緒である。痛い思いをしなければ、センスは

  よくならないのだ。失敗を避けていては、人生は先に

  進まない。

オッドアイ猫失敗を他人のせいにする人は、その失敗を自分の脳に

  反映することができない。

  せっかく痛い思いをしたのに、脳が失敗だと認知しない

  からだ。失敗を他人のせいにするのはもったいない

 

オッドアイ猫失敗したら、潔くそれを認めて、清々しい気持ちで

  寝ればいい。くよくよする必要はない。

  私なんか、失敗したら「しめた!」と思うくらいだ。

  今夜、頭がよくなるのだから

 

以上がとりあえずのご紹介です。

29歳~56歳までの入力に適した期間は、膨大な数の

回路の中から、不要な回路をより分け、必要な回路を

知るための28年間とのことですね。
「要らない回路を捨てることによって、人の思慮は

深くなっていく。その、要らない回路を見極めるために

不可欠なエクササイズが、失敗なのである」という部分は

心に刺さりました。
私は維摩会(春秋館)で仏教を学ぶ者ですので、

要らない回路とは、我欲や自分勝手な自己優先の心など

ではないかと思っています。

失敗を繰り返して、真の自己に気付いていき、

「この世の深淵に触れて暮らすことになる」のが

56~84歳の生き方である、と読み取りました。
ちょっと、歳を重ねることが楽しみになりました。

皆様が善い年齢を重ねられますようにキラキラキラキラ

合掌お願い

きのうの6月21日は「国際ヨガの日」でした。ひらめき気づき
ヨガ発祥の地・インドでは大規模なイベントが開かれて、
市民と一緒にヨガをしたモディ首相は、

「ヨガは社会と国家、そして世界に平和をもたらす」と

語りました

ヨガの起源は不明な点が多くて、成立時期の特定は

困難なようですが、私は維摩会(春秋館)で唯識を

学んでいますので、「ヨガ」というと、

ヨガの修行 (瑜伽行) を基礎として唯識説を説いた
瑜伽行派(ゆがぎょうは)
を連想します。

ヨガというと身体と呼吸を整える健康法、

というイメージがあるかと思いますが、
それに加えて、深い瞑想の中で真実をとらえる修行法

指します。キラキラ照れキラキラ

瑜伽行派とは、紀元4~5世紀に西北インドで活躍した

弥勒尊者、無著尊者、世親尊者などの方々を祖とした

般若経の空の思想を根底にヨガの実践 (瑜伽行) を
重んじる宗派です。

瑜伽行派の修行者たちは、静かな林の中で瞑想の実践を

したといいます。
彼らは、「あらゆる事象は唯(た)だ識が変化したもの

にすぎない」と説きました。ハートベル音符
ヨガの実践を通じて「唯識」の教理を打ち立てたので、

唯識派とも呼ばれています。

すべては、心が生み出した表象にすぎない…
これを実感するまでは、遠い遠い道のりが必要かも

しれませんが、今日も瞑想して、眠ります。ふとん1

皆様の心の中に、平和が描かれますように。

合掌お願い

皆様の近所の神社でも行われているかもしれませんが、
「夏越の祓い」という神事がありますキラキラ

毎年6月に行なわれるので、水無月祓いなどとも

いうみたいですねあじさい雨カエル
各地の神社では、大きな茅で作られた茅の輪をくぐって、

罪穢れを祓って無病息災を祈るという行事が行われますお願い

私は昨日、維摩会で行なわれた『夏越しの祓い』に参加して
茅の輪をくぐってきました。
青々とした瑞々しい茅の輪をくぐると、

本当に心が洗われたような清々しい気持になりました!
これで、無事に暑い夏が越せそうです筋肉ニコニコ気づき


茅の輪にまつわる蘇民将来の紹介もありました。
いろいろな言い伝えがあるようなのですが、
概略、下記のようなお話です

むかし、スサノオノミコトが旅の途中にある村を

通りました。
スサノオノミコトは、今夜泊まれる宿はないかと、
巨旦将来(こたんしょうらい)というお金持ちの屋敷を

訪れます。
しかし、巨旦将来はスサノオノミコトの宿泊を

断ってしまいます。
スサノオノミコトは途方に暮れました。。。ショボーン泣
その時、巨旦将来の兄の蘇民将来(そみんしょうらい)が、
スサノオノミコトに「私の家でよろしければ、

どうぞ泊まって下さい」と声を掛けました。
 

蘇民将来の家は、弟と違って質素で小さな家でしたが、
スサノオノミコトを温かくおもてなしして、

泊めてあげましたハート
後日、スサノオノミコトは、御礼に蘇民将来に

「茅の輪」を贈りました。
その後、この地域で疫病が流行します。
巨旦将来や多くの村人たちは、病にかかって

死んでしまいました。
しかし、「茅の輪」を腰に付けていた蘇民将来と

その家族たちは一人も病気に感染せず、無事でした
それ以来、「茅の輪」は厄除けの力があると

伝えられているようですチューリップ赤二重丸チューリップ黄

鎌倉時代の「鉢の木」を思わせるようなストーリーですね
貧しくても、旅人を温かく迎えた蘇民将来はステキです飛び出すハート
まさに、「積善の家に余慶あり」という感じですね。

 

皆様が暑い夏を健康に過ごせますように。

 

合掌お願い

 

年齢を重ねてくると、若い頃の元気もなくなり、
「もうトシだから」という理由をつけて、消極的に
諦めてしまうことがいろいろあります。

『阿含経典』(増谷文雄著、筑摩書房)に
「老いて」という題のついたこんな話がありました下差しニコニコ

ギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザ
ある時、お釈迦様は、王舎城の竹林にましました。
その時、長老マハー・カッサパ(摩訶迦葉)は、

お釈迦様を礼拝して、その傍らに座りました。
すると、お釈迦様は、傍らに座したマハー・カッサパを

顧みて仰せられました。
「カッサパよ、そなたも年をとった。そのような粗末な

糞掃衣(ふんぞうえ)はもう着ないでもよい、

重苦しいであろう。カッサパよ、そなたはもう家主たちの

献じた衣を着け、供養の食をいただいて、わたしのそばに

いるがよろしい」

マハー・カッサパは答えました。
「大徳よ、わたしは永年にわたりまして、山林曠野に

住して、それを讃嘆いたしております。また、托鉢で

生きてまいりまして、托鉢を讃嘆いたしております。

また、ずっと糞掃衣を着けてまいりまして、

糞掃衣を讃嘆いたしておるのでございます」

お釈迦様はご質問されます。
「カッサパよ、では、そなたは、いかなる理由をもって、

ながらく山林曠野に住して、それを讃嘆するのであろうか?また、ながらく托鉢によって生きてきて、托鉢を讃嘆する

のであるか?あるいはまた、ながらく糞掃衣を着けていて、糞掃衣を礼賛するというのであろうか?」

マハー・カッサパは答えました。
「大徳よ、わたしは二つの理由を見るがゆえに、

それらのことを讃嘆するのであります。キラキラ

その一つには、現にそれらのことを行じて、

わたしは心楽しく住することができるのであります。

また一つには、いささかでも、後にいたる人々の参考にでもなればと思うのでございます。キラキラ

後にいたる人々はきっと思うでありましょう。

<おお、彼ら仏弟子たりし方々は、ながい年月のあいだ、

山林曠野に住して、それを讃嘆しておられた。

また、ながい年月托鉢によって生き、托鉢を讃嘆して

おられた。あるいはまた、ずっと糞掃衣を着していて、

糞掃衣を礼賛しておられた>と。

そして、彼らもまたその範にしたがうであろうが、

これは彼らにとって、いつまでも利益、幸福となるで

ありましょう。キラキラ

大徳よ、わたしは、これら二つの理由を見るがゆえに、

永年にわたりまして、山林曠野に住し、

かつそれを讃嘆いたします。

また、ながいこと、托鉢で生きてまいりまして、

托鉢を讃嘆いたすのでございます。

また、ずっと糞掃衣を着けてまいりまして、

糞掃衣を礼賛いたすのでございます」

お釈迦様はおっしゃいました。
「善いかな、善いかな、カッサパよ。

まことに、そなたは、多くの人々のために行じ、

多くの人々の幸福のため、世間の哀愍のため、

生きとし生けるものの利益と幸福のために行じて

きたのである。
さらば、カッサパよ、そなたは、これからもまた、

粗末な糞掃衣をまとうがよく、托鉢を行ずるがよく、

また、山林曠野に住するがよろしい」キラキラキラキラキラキラ
ギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザ

「もうトシだから糞掃衣(捨てられた布で作った衣)を

着なくてもよい」とお釈迦様が仰ったら、
私なら「はい、わかりました!すぐ着替えます」と

言ってしまいそうです指差しハッガーン

迦葉尊者は、生涯、糞掃衣で過ごされる決意を

されていました。

あまりにみすぼらしい格好に、同じ修行仲間から

見下されることもあったそうです。悲しい汗

しかも、自分のためだけでなく、

後に続く人のことまで考えられて、

初志を貫徹されたお姿は素晴らしいことと思います。
(偉大な尊者に、私のような者が「素晴らしい」という

評価をするのは大変失礼ですね)

明日は、維摩会(春秋館)の行事に参加し、

仏教を学んで参ります。

皆様の初心が全うされますように。

合掌お願い

 

今日は、可燃ゴミを出す日。
清掃車がやってきて、2人組の清掃員が
出てきました。
一人はポニーテールの若い女性でした。指差し女性トイレ気づき
「ゴミ清掃員=男の仕事」という印象(偏見)が
あったので、ちょっとビックリしました。
小柄で華奢な感じの女性だったので、
担いでいるゴミ袋がやたらと大きく見えました。目笑い

コロナで在宅ワークが増えたので、出すゴミの量も
増えていたので、「あまりたくさんゴミを捨てたら

いけないな~」と、ちょっと罪悪感も感じました。

ゴミ清掃員で芸人(マシンガンズ)の滝沢秀一さんの

マンガ『ゴミ清掃員の日常』を読んでから、

清掃員の人たちのことが気になって、
なるべくゴミの量を減らそうと努力はしたつもりですが、
まだまだ減らす努力をする必要はありますね真顔スター

あと20年程度で、日本の最終処分場(リユース、

リサイクルが困難なゴミを処分する施設)がいっぱい

なってしまうそうです。
そうなると、もうゴミを捨てる場所がなくなって

日本がゴミ屋敷になってしまいます ガーン煽り驚きゲッソリ

私はたまに面倒くさくなって、牛乳パックを可燃ゴミで
捨ててしまいますが、放逸の心を戒めます。。。ショックガーン

滝沢秀一さんによると、「ゴミを分別しないで

捨てるような会社は6年以内に倒産している」ようで、

不思議なことに汚くゴミを捨てている会社は

必ず潰れていく」そうです。
ゴミの出し方に人間性が現れるんですね。
治安が悪い場所は、ゴミの集積所も汚いことが

多いそうです。

皆様の住む街が、美しくありますようにキラキラブーケ1クローバーブーケ2キラキラ

合掌お願い