『夫のトリセツ』がベストセラーになった人工知能研究者、脳科学コメンテイターの黒川伊保子さんの『成熟脳』を
読みました


昨日、ポイントをご紹介しましたが、ざっくり言うと
人の脳は15歳~28歳までは情報インプットに向いて
いる時期、29歳~56歳までは要らない情報を分けて
必要な回路を知るための時期、56歳~84歳までは、
脳はそれまでとは違うものを発見し、この世の深淵に
触れて暮らせる人生の最高潮期という内容でした。
続きで、印象に残ったポイントをご紹介します。
50代になると、脳が十分に「失敗しにくく、
成功しやすい」状態になってくる。
失敗の時と同じように成功して嬉しい思いをした時も、
脳はその晩眠っている間に書き換わる。閾値が下がっ
て、成功回路に信号が行きやすくなる。
56歳近くなると、その回路が目立ち始める。30代の
惑い(失敗事例の蓄積)と、40代のいら立ち(成功
事例が増えてくるものの、周りの理解が足りない)を
乗り越え、脳は50代に本質を知る。
本質の回路は膨大な失敗の果てに、成功事例をいくつも
重ねて脳に仕上げられる回路であり、人に教えられ
たり、「一方向の成功事例」だけを恣意的に繰り返す
だけでは手に入らない。
長く生きること。たくさん泣くこと、転んで傷ついて
立ち上がること。それだけが、脳を成熟させる。
つまり、人生そのものである。
人生は、脳を成熟させるために、わざと過酷なように
デザインされている、という捉え方もできる。
私たちの脳に宿った意識は、本当は、宇宙の外から
やってきていて、意識のレイヤーを上げるために、
この宇宙で修行しているのかもしれない。
本質を知る50代だが、60代に比べれば、まだ青い。
50代の知る本質は文脈依存の本質。因果関係の真理を
言い当てる。どうすればいいか、何が正しいかに迷いが
なくなる。
60代に入ると、本質の回路の抽象度が上がり、
直感の域に入ってくる。存在の真理が腹に落ちる。
ことばにならない納得が、降りてくるのである。
野に咲く花にも、人生の真髄を感じるような達観の
域に入ってくると、これが本当の脳の成熟期だ。
この世の生きとし生けるものの存在意義、
あらゆる事象の意味を知る。
ことばではなく、「腹に落ちる」という感覚で。
60代に降りてくるのは、ことばの要らない納得で
ある。理由の要らない納得と言い換えてもいい。
能や書や古美術など、ことばにならない深遠の芸術は、
いつの時代も60代、70代が支えている。
ことばにならないものを、ことばにしないまま受け
とめ、感応し、愛でる教養。
芸術を鑑賞する者として、最高水準の脳になる。
ちょっと長くなりましたが、以上です。
私も60代になったら、仏教を学ぶ者として、
ことばではない「不立文字」の真理と感応できる
直感力を体得してみたいと願っています。
著者の黒川さんは、『論語』にある孔子様の
「六十にして耳順(したが)う」という言葉を
若い時に読んだ時に「あまりにも、しょぼいような
気がした」そうです。
しかし、後に脳科学で人生を分析してみて、
この言葉の意味の深さを知ったと語り、
「60になると、目の前の若者の本質がストンと
腹に落ちるから、その若者が何かわけのわからないことを
まくしたてても、彼の魂のメッセージを聞いてやれる、
ことばの底にある真実や悩みをくみ取ってやれる、
ということではないだろうか。若い世代は、60代以上の
人生の師を持つべきである。これほどの、人生羅針盤は
ない。特に、惑える30代、もがく40代は、
成熟脳世代の友人を持つといい。まるでモーゼのように、
混沌の海を割って、道を作ってくれるに違いない」と
述べています。
60代以上の人生の師が、有徳の人であることが
大事だと思います。
皆様も、善き人生の師に巡り会えますように
合掌