やたらと切なくなる夜がある
偶然、TVで映画「Brown Sugar」を観ているから、
だけではない。
やたらと切なくなる夜がある。
幸せは続くのか?
オレは大丈夫か?
そういう気持ちが大切な何かを育むのだと、
そういう気持ちにすがってもいる。
そういう時には気持ちに振り回されずに、
やることをやるしかないんだがな。
だけではない。
やたらと切なくなる夜がある。
幸せは続くのか?
オレは大丈夫か?
そういう気持ちが大切な何かを育むのだと、
そういう気持ちにすがってもいる。
そういう時には気持ちに振り回されずに、
やることをやるしかないんだがな。
アイデンティティ
何かを残さんとする欲求は、
「特別な人」にじゃなくってもあるんじゃないか。
ブログに記すのもそれかもしれない。
じゃあ我のごとく凡人には何が残せるのか?
作品とかじゃなくても、
「他人の心」に残ることができるんじゃないかと思った。
せめてリマインド的なことはあるんじゃないか?
つまり他人に優しくすることだ。
それがアイデンティティにはならないか?
……と思ったのだけど、
いや、他人が介在する時点でアイデンティティとはなりづらいか。
他人次第の自分だなんて嫌だな。
「特別な人」にじゃなくってもあるんじゃないか。
ブログに記すのもそれかもしれない。
じゃあ我のごとく凡人には何が残せるのか?
作品とかじゃなくても、
「他人の心」に残ることができるんじゃないかと思った。
せめてリマインド的なことはあるんじゃないか?
つまり他人に優しくすることだ。
それがアイデンティティにはならないか?
……と思ったのだけど、
いや、他人が介在する時点でアイデンティティとはなりづらいか。
他人次第の自分だなんて嫌だな。
秋の日曜日の夜中の酒
まさか2PACを聴いている。
悲しい結末を思うと、
どの曲も哀しく響く。
それが秋の日曜日の夜中の酒にマッチした。
2PAC、
好みではないと思っていたけれど、
改めてとても良いアーティストだ。
馬肥ゆる秋。
日本は幸せだ。
福島の放射能汚染に苦しむ家族がたくさんいる。
ボクの周りにも、子供のために疎開したい人たちがたくさんいる。
それからボクは、
テレビで映画の『GREEN CARD』を観た。
悲しい結末を思うと、
どの曲も哀しく響く。
それが秋の日曜日の夜中の酒にマッチした。
2PAC、
好みではないと思っていたけれど、
改めてとても良いアーティストだ。
馬肥ゆる秋。
日本は幸せだ。
福島の放射能汚染に苦しむ家族がたくさんいる。
ボクの周りにも、子供のために疎開したい人たちがたくさんいる。
それからボクは、
テレビで映画の『GREEN CARD』を観た。
安全なところ
軽井沢で終戦記念日を迎えている。
ーーということが今記事のメーンではない。
ソファで本を読んでいると、
外の雲行きが怪しい。
するとゲリラ豪雨がはじまる。
目の前の木々が豪風で四方八方に倒れ、
ものすごい雷光と雨嵐。
音が凄まじい。
リヴィングの窓は、外に向かって一面のガラス。
ソファから眺める、フルスクリーンのゲリラ豪雨。
ベランダの屋根で雨の降込みもないから、
窓はあけたままで、
音がストレートに伝わってくる。
……すごい
安全な所から眺める「非日常的な」景色のすさまじいことかな。
「安全な所」からというのが絶対条件、いわんや。
ーーということが今記事のメーンではない。
ソファで本を読んでいると、
外の雲行きが怪しい。
するとゲリラ豪雨がはじまる。
目の前の木々が豪風で四方八方に倒れ、
ものすごい雷光と雨嵐。
音が凄まじい。
リヴィングの窓は、外に向かって一面のガラス。
ソファから眺める、フルスクリーンのゲリラ豪雨。
ベランダの屋根で雨の降込みもないから、
窓はあけたままで、
音がストレートに伝わってくる。
……すごい
安全な所から眺める「非日常的な」景色のすさまじいことかな。
「安全な所」からというのが絶対条件、いわんや。
ブログ、Twitterなど、
ネット経由の自己表現ツールが好きではない“エゴイスティック”なボクが、
Facebookにハマっている。
唯一コンタクトを取り合う、
小学時代の親友から「同級生と再リンクできる」との勧めにより、
彼のFacebookきっかけで集まった、
3人プチ同窓会の場でアカウントを作ってみた。
生来の不義理な性格で、同級生とのリンクが先の友人以外にはほぼ断ち切れて、
さらにとても狂ったあの恋愛中に、相手の嫉妬から携帯を何度か変えて、
アドレスを失っていたことにも故あったろう(とても残念なできごとだ)。
そもそも寂しがりやだ。
ノスタルジーが大好きな、女々しい性分でもある。
ちょうど嫁が出張に出ていたこともあり、
2~3日何かを埋めるように、寝落ちするまでハマって、
中、高、大の友人数名とリンクを築き直すことが出来た。
皆が互いに思い出と感情を補い合い、
隙間を埋め合えれば、とても盛り上がった。
それから少し時間が経てば、
あの「あだ名くん」は今なにしているのか気になり始めて、
「友がみな 我より偉く見ゆる日よ~」
啄木の心境にもなるのである。
そしてボクはこの先何を思うのだろうか。
ネット経由の自己表現ツールが好きではない“エゴイスティック”なボクが、
Facebookにハマっている。
唯一コンタクトを取り合う、
小学時代の親友から「同級生と再リンクできる」との勧めにより、
彼のFacebookきっかけで集まった、
3人プチ同窓会の場でアカウントを作ってみた。
生来の不義理な性格で、同級生とのリンクが先の友人以外にはほぼ断ち切れて、
さらにとても狂ったあの恋愛中に、相手の嫉妬から携帯を何度か変えて、
アドレスを失っていたことにも故あったろう(とても残念なできごとだ)。
そもそも寂しがりやだ。
ノスタルジーが大好きな、女々しい性分でもある。
ちょうど嫁が出張に出ていたこともあり、
2~3日何かを埋めるように、寝落ちするまでハマって、
中、高、大の友人数名とリンクを築き直すことが出来た。
皆が互いに思い出と感情を補い合い、
隙間を埋め合えれば、とても盛り上がった。
それから少し時間が経てば、
あの「あだ名くん」は今なにしているのか気になり始めて、
「友がみな 我より偉く見ゆる日よ~」
啄木の心境にもなるのである。
そしてボクはこの先何を思うのだろうか。