明日から7泊8日の宮崎滞在が始まります。
13泊14日の1月宮崎滞在より帰ってきてから2週間ちょっとあったので、1月宮崎滞在について滞在中に時間がなく書かなかったこと、東京に戻ってきてからじっくり書こうと思っていたことがいろいろあったのですが。
結局、今日になってもあまり書くことができていないという有様。
また宮崎に行く前にちょっとでも書いておこうということで、1月宮崎滞在の最後の2日間について書きます。
ちなみに、明日の朝は6時25分発の羽田行きリムジンバスに乗ります。
今、午前0時前。全然眠くならない。
大丈夫かな。(笑)
 
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13泊14日という長い1月宮崎滞在の13日目は。
あまり遠くへは行かず、レンタカーで宮崎市街地周辺を回る。
 
月知梅を見に行くも、先日の日記に書いたとおりまだ時期が早かったのか蕾ばかり。今、新富町の座論梅はもう見頃を過ぎているらしいが、この月知梅はどうなのだろう?

 

 
そのまま近くの天ヶ城公園へ。桜の名所という公園。桜が咲く頃になると大変な賑わいとなるらしいが、この日はおじいちゃんたちがゲートボールをしているだけ。
桜もいいけど、丘の上にあるこの公園から見える大淀川沿いの風景が好きなのだ。

 


景清廟へ寄って、平和台公園へ行きヤング食品のキッチンカーでホットドッグを購入。

 

 

 

ヤング食品のおばちゃんはいつものようにオマケをしてくれる。私もいい年をしたおっさんだが、おばちゃんからしたら腹を空かせた子供と同じなのだろう。さすがに悪いのでささやかながらお返しをする。おばちゃんは頑として受け取ろうとしないが、私は無理やりお返しを置いて逃げていく。
おばちゃん、今回も会えてよかったよ。ありがとう。宮崎の子どもたち、そして元・子どもたちをよろしくね。
 
昼頃、MRT(宮崎放送)近くにある120分100円のコインパーキングにレンタカーを入れ若草通をちょっとだけ散策。

 

 

 

3年前の1月、三十数年ぶりに宮崎へ来て橘通や一番街や若草通を歩いた時には、夢と現実の間を歩いているような、はるか昔に見た映画の世界に迷い込んだような、そんな不思議な心持ちになった。
しかし、宮崎滞在4回目ぐらいからそんな感覚や感動はほとんど無くなり、今はもう、東京中野区にある我が家の近所を歩いているのとあまり変わなくなってきた。
 
もう20回以上宮崎に来て、しかも最近は1回の滞在で6日間~2週間いるからねぇ、そりゃそうだろう。
 
……ぐらいに思っていたのだが。
この街を歩きながら、それだけでは無いのではないかと思えてきた。
私が今住んでいる場所は、中野駅周辺の繁華街に近い。丸井の元・本店があったりして、この橘通周辺よりも面積は小さいが、街の雰囲気やアーケードのある風景がよく似ているのだ。
もちろん、面積は小さくても人の数は中野の方が多い。
私が宮崎に住んでいた少年時代、宮崎の橘通周辺、アーケードのある一番街等は遊び場だった。
また、母がニシタチの繁華街に店を出していたので母の店へ食材を届けに行ったりもした。
その前に、幼少時代、都城に住んでいた時も、家は西都城のアーケード沿いだった。
家族と東京へ引っ越して住んだのも高円寺の商店街・繁華街アーケードの近くで、私は高円寺の商店街が大好きだった。
学生時代には一時、商店街もアーケードも近くにない場所に住んだが、私にとってその場所は寂しく、居心地が悪く、早く引っ越したいと思っていた場所だった。
そして今、かれこれ20年近く住んでいるのは中野駅周辺繁華街のアーケードのすぐ近く。
 
宮崎に住んでいた頃に馴染んだ「アーケードのある繁華街の風景」が、少年時代の自分と、今の自分をつないでいる。
 
よくよく考えてみるとバカバカしい考えだが、若草通を歩いていると、どうしてもそんな気がしてくるのだ。
今、自分の住む場所をアーケードのある繁華街の近くに選び、そこが気に入ってもう20年近く住んでいるのは、単に「一人暮らしをするには便利だから」というだけではなかったんじゃなかろうか。
今まで意識したことがなかったが、少年時代を過ごした場所の風景を、知らず知らずのうちに求めていたんじゃなかろうか。

 
そんな事を思いながらMRT miccのダイヤモンドホールへ向かう。
この日はここで「MRTラジオうたまつり」が行われる。
司会はMRTの粉川真一アナウンサー。
立川志らく師匠の主催する「らく塾」の大先輩だ。
このコンサートは演歌が中心。演歌にほとんど興味のなかった私だが、粉川アナが司会をするということで去年11月の宮崎滞在中に初めて行き、演歌歌手が舞台で人をぐっと引きつけるパフォーマンス能力の高さに驚かされたのだ。
それでもやはり演歌そのものはそれほど好きにはなれない私だが、「人前で何かを伝える、表現する」ことを仕事や趣味にしている人間なら学ぶべきことは多いと思い、今回も参加。
やっぱり行って良かった。
演歌も悪くないが、私は黒木美佳さんがちょっとだけ見せた民謡の部分に強く惹かれた。
さすが、民謡の全国大会チャンピオン。
どうやら私は、演歌よりも民謡や浪曲の節の方が好きらしい。
終演後、出口付近で黒木美佳さんがCDを売っていたので、ソロのCDと、黒木姉妹のCDで民謡「正調 刈干切唄」の入っているCDを購入。
また、粉川アナがいらっしゃったので一緒に写真撮影をお願いすると快く承諾。
体調を崩され声の調子がかなり悪いと前日のラジオで話しており、また、司会以外にもいろいろとお忙しそうで時間もあまりなかったと思われる。
粉川アナ、本当にありがとうございました。

 
駐車場から車を出しみやざき臨海公園へ行くと、砂浜で新婚さんが写真撮影。

 

 

宮崎でこんな風景を見ることができてよかった。お幸せに。
 
臨海公園からの帰りに、ある墓地へ。
ここには大きく「ありがとう」と書かれた墓石があるのだ。
「慈」「感謝」「無」など、生前当人が好きだった言葉を墓石に書くことはよくあるが、この墓石を見た時、これは「今までありがとう」という言葉を皆に伝えているように思え、自分も死ぬ時にはこうしたい、というよりも、こうしたいと思うようになりたいと思った。
先の「MRTラジオうたまつり」では小金沢昇司さんが『ありがとう…感謝』を歌い大盛り上がりだったが、この墓石の「ありがとう」といい、小金沢さんの歌といい、今回の宮崎滞在最後の夜を迎えようとしている私にぴったりだった。
宮崎の皆様、宮崎の神様・仏様、ありがとう。

 
ホテルへ戻り、今回の宮崎滞在最後の夜は、若草ヒュッテで行われた「卓球ナイト」へ。これについては一昨日書いた通り、楽しい時間を過ごし、良い人たちと会うことができました。
今西さん、ありがとうございました。
 
深夜、宮崎の繁華街・歓楽街をちょっとだけ歩いて宮崎滞在最後の夜を終わらせたいと思い、一番街やニシタチをちょっとだけ歩き、中学時代に同じ中学で同じ学年だったオチケン(仮)がやっている「ゲチェナ」というバーへ行き、ソフトドリンクと湯豆腐を頂き、ちょっとだけ話をして、ホテルへ戻る。
オチケン君、ありがとう。
 
そして翌朝。
宮崎滞在最終日。
 
13泊お世話になったホテルの受付にお礼を言ってチェックアウトを済ませ、阿波岐原森林公園・市民の森へ。ここで見た梅・椿については先日の日記に書いたとおり。
 
何かとお世話になっている新富町へ向かい、座論梅の梅をもう一度見た後、新田神楽などを通してお世話になりっぱなしの本部宮司がいらっしゃる春日神社へ、今回の滞在もよいことばかりだった事へのお礼参り。
この時間だと宮司はご不在だろうなと思っていたら、幸いなことにいらっしゃった。
さらに、やはり新田神楽を通してお世話になりっぱなしの緒方さんが荷物を受け取りにこちらに見えるとのこと!
おぉぉ、何というラッキー!!
実はこの後、緒方さんのところへもご挨拶に行こうと思っていた。しかし、おそらくお仕事でいらっしゃらないだろうからご挨拶の品だけ置いて帰るつもりだったのだが。
ラッキーが重なり、宮崎を離れる日にお二人にお会いすることができた。
今回の滞在も、本当に嬉しい偶然が多かったなぁ。
春日神社を出て、新田神社へ。何かとお世話になりっぱなしの新富町にあり、神楽を通して不思議で有難いご縁をつないでくださった2つの神社の神様にお礼参り。
ありがとうございました。
 
新富町を出て高鍋の日向利久庵で「栗利久」購入。
 
宮崎市街地へ戻り、小戸神社周辺、総合文化公園、自動交通遊園(交通公園)、宮崎西中など、少年時代に過ごし、そして宮崎滞在では毎回のように行きもう見飽きてしまっているはずの場所へ。
宮崎を離れる時間が近づくと、こんな「宮崎でいつも見ていた日常の風景」を見たくなってくるものなのだな、ということを思い知らされる。
2週間ちょっとしたらまた宮崎へ来て、この見飽きてしまっているはずの風景をまた見ることになるはずなのに。
 
空港へ向かう。
飛行機が出るまでまだ1時間半ある。
ここから空港まで道が空いていれば20分ほどで到着するが、宮崎は夕方になると空港への道、特に橘通りから南宮崎駅周辺を過ぎるところぐらいまでで酷い渋滞が起こる。レンタカーの返却手続きもあるし、早めに出ておかないと危ない。
 
道はあまり混んでおらず、早めに空港到着。
空港の駐車場から見える夕焼けにしばし見惚れる。宮崎らしい風景だよなぁ。

 

 

 
荷物を預け、展望デッキに上がると見学用の元・訓練機が開放されていた。
中を見るのは初めて。子供は操縦席に座ることができるが大人はダメ。
 
飛行機は時間どおりに飛び立つ。
幸い、陸側を飛んだ。真っ暗な中に小さな光が無数に散りばめられた宮崎の美しい街を空から見ることができた。
運が良ければこれを見ることができると思って、窓側の席にしたのだ。
今回の宮崎滞在は最後の最後までラッキーだった。
ありがとう。
またね、バイバイ。
 
そして羽田空港上空へ早めに到達。
お、これは21時25分中野駅・練馬駅行きのリムジンバスに余裕で間に合うじゃん。待っている時間をどうして過ごそうか……なんて思っていたら。
羽田空港の滑走路に落下物があったらしい。飛行機は上空で待機。新宿駅がハッキリ見えるところ飛び、ぐるっと回る。
宮崎空港で離陸したときと同様、眼下に小さな光が無数に散りばめられた景色が広がる。
しかし、その広さは、やはり宮崎とは比べ物にならない。
巨大な宝石箱だ。
もう20回以上東京と宮崎を飛行機で往復してるが、この景色を見るのは今回が初めてだ。
やっぱり、こんなにでかかったんだ、こんなに人が集まっているんだ、空から見るとこんなに綺麗なんだ、東京の街は。
 
宮崎も大好きになったけど、やっぱり東京も大好きなんだな、俺。
 
今更ながら改めてそんな事を思い知らされ、眼下にきらびやかに広がる東京の街を見ながら、中学3年の時に家族と東京に出てきてから今までの長い時間を思い返していた。