2日後にはまたもや宮崎へ行きます。
昨日に続き、2月宮崎滞在のメインイベントであった新田神楽について。
皆様、本当に有難うございました。
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伶人さん達の朝食も終わり、神楽の舞台は拝殿屋内から外の舞殿へ。
暗かった空もすっかり明るくなっている。雨上がりの爽やかな冬の朝に太鼓の音が響く。
木々の間から朝日が差し込む舞殿で神楽が舞われる様は、素朴さと神々しさが混ざりあい不思議な印象を与える。
神楽開始からこの時間までに「せんぐまき」(餅まき)が何度も行われた。
私は去年初めて新田神楽を見に来た。それは映画『ねぼけ』の影響なのだが、神楽を見に行く前に『ねぼけ』関係者のお方から「餅まきで大量の餅がまかれるから、大きめのコンビニ袋を持っていったほうがいいですよ」と言われていた。
私は「いくらなんでも大げさな」と思っていたのだが、それは大げさでも何でもなく、その通りだった。
一度の餅まきで大量の餅がまかれ、それが何度も行われ毎回運動会のような大変な盛り上がりとなる。餅をまくのは伶人さん達だが、餅をまいている人も拾う人も大喜びだ。
お昼近くになるとやはり観客が増えてきた。
新田神楽は毎年2月17日に行われるが、今年は土曜日。
去年は金曜日で平日だったのに人が多かったから、今年は大変な混雑になるのでは、大丈夫かな……と思っていたが、結局去年より少し多いぐらいだったと思う。
地元の方々は農業をされている方が多く曜日はあまり関係なさそうで、むしろ土日祝日は他の用事が入ることが多いのかも知れない。
境内では去年と同様に、鯉こく等が振る舞われていた。
今年は猪肉の炭火焼きもある。もちろん無料。なんとも太っ腹だ。
昼食時。
緒方さんが「寺西さん、こちらへどうぞ」と、伶人さん達の控所に呼ばれた。今度は昼食をいただけるとのこと。
さらに、私だけでなく、小・中学校時代の友人ター(仮)とそのお子さんたちも呼ばれる。本当に、有難すぎる。
控所では昼食でお腹いっぱいになった少年伶人達がふざけて遊んでいた。大人の伶人は談笑している。
不信心で1年前まで神楽に全く縁のなかった私が、映画『ねぼけ』の縁でここにやってきて、伶人さん達と一緒にこの場にいる。宮崎というのは不思議なところだ。
昼食も終わり神楽は再開され、気温が上がってくると共に神楽も盛り上がり、緒方さんの『中之手』が始まった。
映画『ねぼけ』で海岸の波打ち際にて緒方さんがこれを舞っていた。象徴的なシーンで、私は映画の大事なところに深く絡んでいると思っている。今も忘れられないシーンだ。
緒方さんはあのシーンと同じように、静かな動きでゆったりと女の神様を舞う。
他の神楽はどうなのか知らないが、この神楽はそれなりに休憩が多く、休憩時間も長い。
どの舞が終わったら休憩を入れるというのは決まっているのかも知れないが、どこで休憩を入れるか、何分後に再開するかというアナウンスは一切なく、我々一般客には、何となく休憩に入って何となく再開されているように感じられる。
普通のイベントだったら気の短い私はイライラしてしまうところだ。しかし、不思議なことにここにいると、いつごろ休憩に入りいつ頃再開されるかというのはどうでも良くなってくるのだ。
神楽を見に来ている人たちは、神楽が舞われている間も好きな時に休み、時折焼酎を飲んだり振る舞われてる料理を食べたり談笑したりしながらのんびりと見ている。
去年、初めてこの光景を目にした時にはびっくりしたものだ。
落語・講談の会や音楽のコンサートのように音を立てずじっと舞台を見ているのが当たり前だと思っていた私の常識は思いっきり崩され、いつの間にかこの「思い思いに楽しむ」のんびりした心地よい空間に身を任せていた。
こんな事は私の人生で初めてだったんじゃなかろうか。
私のように、急いでもいないくせに電車が1分遅れるとイライラし、パーティなどもあまり好きではない人間、は一度このような空間を体験すると人生観や価値観が大きく変わるかも知れない。
この日は小・中学時代の友人ター(仮)のご伴侶と3人のお子さん、ターの経営する美容室の常連さん2人、そしてターの知り合いで緒方さんの知り合いでもある音楽家Dさんご夫妻もいらっしゃっていた。Dさんのご伴侶は神楽研究家だ。
地元の皆さんはとても気さくで大らかだ。ターの末っ子ちゃんは地元のおじいちゃんたちと楽しそうに話をしている。
彼等が初めて会った他人同士とはとても思えない。仲のよい親戚のようだった。こんなところがいかにも宮崎らしいところだ。
この日、私は写真を取りつつ、ビデオカメラを三脚につけて回していた。
そろそろ夕暮れ時となり、神楽がいよいよクライマックスに近づいてくると観客も多くなり舞殿の周りは人でごった返してきた。
私の三脚の前に立ち止まって見る人も多くなってきたので、私はなるべく他の人のじゃまにならないよう、視界を遮らないよう、時々場所を変えて撮影していたのだが、新田神楽関係者らしき人から「ちょっとよろしいですか?」と声をかけられた。
ありゃ、撮影しちゃいけないところを撮影しちゃったのかな。録画禁止?
それとも、ここは三脚を置いちゃいけない場所?
怒られるかなぁと思って振り返ると
「先程から見ていたのですが、ずいぶんと周りに気を遣って撮影されているのですね。有難うございます。他の人も見習ってほしいものです」
と言ってくださった。
何のことだかわからなかった。私は普通に撮影していたつもりなのだが。
何はともあれ、怒られるかと思ったら褒められたのでよかった……と思っていたのだが、どうしてあの方が褒めてくださったのか、この後すぐに理解できた。
舞殿をはさんで私の向かいの席で見ていたターのご伴侶がこちらへやってきて
「全く見えんとですよ。最前列でカメラを持っている人たちがみんな立ち上がって」
とこぼした。
見ると確かに、後ろの人に全く気を遣わず立ってカメラを構えている人たちが最前列に並んでいる。
これじゃぁ、後ろの人は全く見えない。
……なるほど、これは酷い。
私は、なぜ先程褒められたのかわかった。この人達に比べれば、私はまだマナーが良い方なのだろう。
最前列で立ってカメラを構えている人々を見ると、年配の方がほとんどだ。
落語会や講談の会や音楽会でもそうだが、マナーの悪い客は若い客よりも年配の客のほうが圧倒的に多い。落語や講談の会は年配の客が多いからその分マナーの悪い人も年配者が多いというのはあると思うが、それを差し引いて考えても多すぎるし酷すぎる。何とかならんもんかねぇといつも思っているのだが。
新田神楽でも、マナーの悪いカメラマンには閉口していると本部宮司や緒方さんがおっしゃっていた。去年はあまり気にしていなかったが、言われてみると、これはマズイ。
カメラマンの皆さん、周りへのさらなるご配慮をよろしくお願いします。
いよいよこの神楽のクライマックスとなる『綱切り』、通称『蛇切り』が始まる時間となった。
『蛇切り』は、大蛇に見立てた綱を真剣で文字通り一刀両断する、新田神楽で最も盛り上がる舞だ。
去年まで『蛇切り』を舞っていたのは緒方さん。
しかしこの舞は体力的にかなりきつく、運動部の学生でも初めて舞うと倒れそうになるほどだ。緒方さんは若く見えるが蛇切りを舞える年齢を過ぎており、私を含め多くの人から惜しまれながらも蛇切りを後進に譲ることを宣言した。
去年初めて新田神楽を見た私は、ギリギリセーフで緒方さんの蛇切りを直接見ることができたのだった。
そろそろ夕暮れ時。蛇切りが始まる。
舞殿に地元の人達が入り大蛇に見立てた綱を持つのだが、その中にはターやDさんも混ざっている。
緒方さんの後を継いだ若い鬼神は、大柄で動きが力強い。舞が激しくなってくると体力的にかなりしんどいのか時々少しよろけたように見えた。それでも見ごたえのある鬼神だ。
真剣が抜かれ、綱に当てられる。「そげそげ!」という掛け声とともに綱が削がれてゆく。
境内の空気が最高潮になった時、刀が振り下ろされ、綱は見事に一刀両断!
わーっと歓声が上がる。
そしてもう一度、別の大蛇を一刀両断!
すっかり日が暮れていた。
太鼓の音も静かになり、焚き火の炎が揺らぐ中、最後の舞と共に神楽は終わる。
そして、やはり最後のせんぐまき。この日最も大量の餅がまかれ、餅をまく方も拾う方も大盛り上がりだ。本当に餅とともに幸せと喜びが撒かれているように思えてくる。
神楽も祭りも終わった。
伶人の皆さん、そして何故か私も混ざって前夜に必死に立てた三光が倒されると、わっと人が集まってくる。この三光の飾りはお守りになるのだ。皆、好きなところを取って家に帰ってゆく。
皆で組んだ舞殿の竹も、三光の残りも、次々と焚き火にくべられていく。
あぁぁ、これで今年の新田神楽も終わりか、舞殿は土に還り、皆さんも日常に帰っていくのだな……などと思って焚き火を眺めていたら、火の勢いがどんどん強くなり、竹林に燃え移るんじゃないか思うほどの勢いになってきて「おい、これ以上くべるな!」という声が聞こえてきた。そりゃそうだ。
去年と同様、ほんの少しだが直会(なおらい)という打ち上げに混ぜてもらった。部外者で県外の人間なのに。
伶人さんの多くはほとんど寝ていないはず。皆さん、本当にお疲れ様でした。
映画『ねぼけ』のご縁で去年初めて見ることができた新田神楽。
今年も見ることができて良かった。
『ねぼけ』関係者の皆さん、緒方さん、本部宮司、新田神楽関係者の皆様、本当に有難うございました。
来年の2月17日を楽しみにしています。



















