新田神楽では、生まれて初めて『鯉こく』なるものを頂きました。
温かいおにぎりが次々と出され、それには美味しい漬物が添えられ、鯉こくは惜しげなく振る舞われ、餅に至っては大量に飛んでくる。
そして、境内の奥にはひっそりとハート型の模様の石。
雨は降っていましたが、新田神楽は幸せがいっぱいでした。
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突然の雨によって神楽は中断された。
この後、再び晴れれば屋外の舞殿で続行、雨が続けば社殿内で続行。
どちらにしろ続行されるのだが、社殿内でやるとなると入ることが出来るお客さんも限られ、伶人(神楽の舞い手)たちの動きも制限されるだろう。
特に、最も盛り上がる「蛇切り」は藁で作った大きな綱と真剣を用いる。それほど広くない社殿内でとなるとかなりやりにくいはずだ。
その「蛇切り」は、もしかしたら緒方さんの最後の蛇切りとなるかもしれないのに。
屋外の舞殿の筵(むしろ)の上には雨よけのブルーシートが掛けられ、舞殿を囲む筵は取り除かれた。この状態で、暫く空の様子を見ることになったようだ。
つい先程までいた小学生たちは学校へ戻り、力強さと雅が兼ね備わった神楽の時間から、雨の中、のんびりした休憩時間へと戻る。
ちょうどお昼時に近い時間。
境内の脇に設けられたテントを見ると、美味しそうなものが沢山並べられている。
おにぎり、たくあん、何だったか忘れた食べ物、そして、みそ汁らしきもの……そういったものが大量に置かれ、無料でふるまわれている。
おにぎりは緒方さん達の家でとれたお米を使っているのだろう。たくあんの大根もおそらくそうだ。もちろん美味しい!
この日は2月にしては暖かかったが、そうは言ってもやっぱり2月だし、雨も降っているのでそれなりに冷える。
温かいみそ汁は有難い……と思い、お椀を受け取ると、みそ汁ではなく豚汁のような色をしている。
よく見ると、魚の切り身が入っていた。
「これは、何ですか?」
「ああ、これは『鯉こく』ですよ」
えぇぇ!!
「鯉こく」は落語『狸の鯉』を覚えた時に出てきたが、現物を前にするのは初めてだ。
大きめのお椀一つ一つに鯉の切り身がドカッと入っている。添えられているネギは関東の白ネギとは違い青ネギ。
……まさかこんな所で鯉こくを頂けるとは。
鯉こくさんですか? 寺西です。はじめまして。
落語『狸の鯉』の中で、子供を産んだ女性は鯉こくを食べると乳の出がよくなると言っていたけど、男はどうなるのだろう?
それはともかく、原料の鯉は結構お高いはず。
こんなのをタダで出して大丈夫なのかと思ったが、後で聞いた話だと、新田神楽では会計担当のお方がいろいろと頑張っていてこういう贅沢も出来るらしい。
会計担当の方、本当に有難うございます。
そういえば、以前緒方さんに神楽当日の進行を聴いた時、朝食は伶人たちが集まってとる時間が設けられているが、昼食についてはそんな時間を設けていないようだった。
朝食だけで皆さん夕方までもつのかなと思っていたが、これだけ休憩時間が多く、その休憩時間の間にこれだけ沢山の食べ物が振る舞われるのなら、そりゃぁ昼食の心配は要らないだろう。
握りたての温かいおにぎりがたんと出てきて、美味しい漬物が添えられ、レアな料亭とかに行かなければ食べられないと思われる鯉こくが惜しげもなく振る舞われ、餅に至っては頭の上に飛んでくる。
私は昼食用の弁当を車の中に入れていたが、次から次へと振る舞われる美味しい食事だけで、もうこれ以上食べられないというほどお腹いっぱい。
結局、車の中の弁当をこの日に食べることはなく、翌日の朝食となった。
美味しいものを頂き、皆さんがくつろいていらっしゃる様子を見て楽しんでいるうちに雨は次第に小雨になってきた。
しかし、まだ神楽が再開される様子はない。
私は少し境内を歩き回る事にした。
この新田神社では、つい最近ハート模様のついた石が見つかったらしい。
舞殿の楽屋として設けられた場所には、そこへの案内が貼られている。
案内に従って社殿の脇を入って行くと、60~70cm四方程に張られた結界の中に、大きな白いハート模様の入った石と、ハート型の石が1個つづ置かれていた。もちろん、どちらも加工しておらず原石そのまま。
見ていたら、何となく良いご縁に恵まれそうな気がしてきた。
力強さと雅を兼ね備えた見ごたえのある神楽といい、たくさんの美味しい食べ物といい、良い出会いに恵まれそうなハート型の石といい、そして、のんびりした休憩時間に流れる豊かでたおやかな時間といい、この場は本当に幸せに満ちているよ、あとは天気だけなんだけど……と思っていたら、いつの間にか雨は止み、境内を囲む林の間から日の光が差していた。
再び、屋外での勇壮・優雅な神楽が舞われ、緒方さんが舞うのは最後になるかもしれない「蛇切り」の時が近づいてくる。
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