昨日は、立川吉笑さんの勉強会に行ってきました。
立川吉笑さんは私の日記に何度か登場していますが、吉笑さんは立川談笑師匠のお弟子さん第1号。
立川流は昇進が難しく、前座から二つ目に上がるには、落語50席できて唄と踊りと講談もある程度できることが最低条件。
立川キウイさんのように13年前座だった人もいます。
その立川流において、吉笑さんは入門後10ヶ月で二つ目昇進の内定をもらいました。
私は「前座さんのブログって珍しいね。前座さんの生活ってどんなものなのかな」とちょっと興味を持っただけで、それほど期待せず彼のブログを読み始めましたが、日記を読んで「こりゃぁ、ただ者じゃない!!」と思わされて彼の日記を読み続け、今年の8月に初めて彼の「勉強」に行き、そこで初めて彼の落語を聴きました。
8月ではまだ「勉強会」(前座さんや二つ目さんの独演会をこう呼ぶ)ではなく「勉強」ということになっていました。
で、今回は「勉強『会』」。
「会」という字が入ったわけで。
今回は、何かとお世話になっているマイミクのすみティーにさんと一緒に行きました。
前回とはいろいろと変わっている点がありました。
オープニングで、出囃子ではなく音楽が流れ、台本を書いているような仕草でスタート。
音楽が止まると、前回と同じような調子で近況を語り。
今回は最後に「今しかできない、一回限りの落語」をやるとのこと。
期待が高まります。
一つ目のネタは古典落語の「道灌」。
私も最初に覚えた話です(「最初」と言っても私はまだ3つしか覚えていませんが)。
前回は、後半になるとだんだん慌ただしくなってくるところがありましたが(私もそうなっちゃいます)、今回はずっと落ち着いて、聴きやすく楽しい「道灌」でした。「ある日突然落ち着いてできるようになった」そうです。いいなぁ。
一席目終了。
噺と噺の間に、談笑師匠のところに弟子入りするまでの経過を話していました。
聴きやすく、面白く話すので、これも楽しい。
吉兆さんの笑いは、若手お笑い芸人によくありそうな「わーっ!!」と勢いで押し切る笑いではなく、スッと斬るような笑いで私は好きです。
二つ目のネタは古典落語の「子ほめ」。
ご本人は「こちらは、まだまだです」とおっしゃっていましたが、聴きやすくハッキリ喋ていて、リズムもしっかりしている、聴きやすい「子ほめ」だったと思います。
そして三つ目の噺。今回最後の噺です。
前回のラストは「てれすこ・序」という、とても前座さんとは思えない発想・着想のネタで驚かされましたが、今回は全く違うタイプの噺。
「今しかできない噺」ということでしたが。
ドキュメンタリーというか、私小説のような、つまり「私落語」といったところでしょうか。
内容は、吉笑さんの最近の失恋を描いたというもの。
彼女を通して落語に出会い、そして落語家を志し、自分が落語に触れるきっかけとなった彼女と別れるまでの噺です。
彼の話によると、彼女と別れたのはつい最近で、まだかなり落ち込んでいるそうです。
今のその自分を、そのまま一つの作品にしちゃおうという試み。
「彼女との物語をそのまま落語にしよう。二つ目昇進を機に彼女と再開して話をし、そして、最後はハッピーエンドのシナリオに!」
と思っていたのだけれども。
最後は、笑うしかない程切ない、「サゲがない」というサゲ。
うなだれる吉笑さんの姿。
映画のエンドロール時のように「茜色の夕日」が流れ、ライトが暗くなり終了。
……と思ったら。
会の最初でやっていたのと同様に、吉笑さんが台本を記す仕草をし始め、その場の状況をを書きながら読み上げる形になり、「吉笑物語 前座編 第一部・完」で終了。
落語に触れてから今までの彼自身が、そして、今回の、今、この場の、この会全体が、最後の作品の一部ということになっていました。
やるねぇ!!
その、入れ子的なというか、自己言及的な趣向も面白かったのですが。
最後の噺が何処まで事実なのかわかりませんが、緻密な計算と冷静さの中に、熱い想いの込められた噺だったように思えます。彼女に対しても、落語に対しても。
そして、ちゃんと「テレ」があるのもよかったです。
落語って、こういう可能性もあるのね。
技術的にはまだまだなのかもしれませんが、彼女との、ぽつりぽつりとしたやりとりが、立川談志家元の「伝説の『芝浜』」の魚屋と女房のやりとりを思い出させました。
MY師匠は「落語家というものは、己の生き様をぶつけるもの」とおっしゃっていましたが、MY師匠の「演劇落語」と同様に、まさにそんな「落語」だったのではないかと。
何にしても、吉笑さんの才能と情熱を、さらに再認識させられた会でした。
これからの吉笑さんの活躍に、益々期待しています。
立川吉笑さんは私の日記に何度か登場していますが、吉笑さんは立川談笑師匠のお弟子さん第1号。
立川流は昇進が難しく、前座から二つ目に上がるには、落語50席できて唄と踊りと講談もある程度できることが最低条件。
立川キウイさんのように13年前座だった人もいます。
その立川流において、吉笑さんは入門後10ヶ月で二つ目昇進の内定をもらいました。
私は「前座さんのブログって珍しいね。前座さんの生活ってどんなものなのかな」とちょっと興味を持っただけで、それほど期待せず彼のブログを読み始めましたが、日記を読んで「こりゃぁ、ただ者じゃない!!」と思わされて彼の日記を読み続け、今年の8月に初めて彼の「勉強」に行き、そこで初めて彼の落語を聴きました。
8月ではまだ「勉強会」(前座さんや二つ目さんの独演会をこう呼ぶ)ではなく「勉強」ということになっていました。
で、今回は「勉強『会』」。
「会」という字が入ったわけで。
今回は、何かとお世話になっているマイミクのすみティーにさんと一緒に行きました。
前回とはいろいろと変わっている点がありました。
オープニングで、出囃子ではなく音楽が流れ、台本を書いているような仕草でスタート。
音楽が止まると、前回と同じような調子で近況を語り。
今回は最後に「今しかできない、一回限りの落語」をやるとのこと。
期待が高まります。
一つ目のネタは古典落語の「道灌」。
私も最初に覚えた話です(「最初」と言っても私はまだ3つしか覚えていませんが)。
前回は、後半になるとだんだん慌ただしくなってくるところがありましたが(私もそうなっちゃいます)、今回はずっと落ち着いて、聴きやすく楽しい「道灌」でした。「ある日突然落ち着いてできるようになった」そうです。いいなぁ。
一席目終了。
噺と噺の間に、談笑師匠のところに弟子入りするまでの経過を話していました。
聴きやすく、面白く話すので、これも楽しい。
吉兆さんの笑いは、若手お笑い芸人によくありそうな「わーっ!!」と勢いで押し切る笑いではなく、スッと斬るような笑いで私は好きです。
二つ目のネタは古典落語の「子ほめ」。
ご本人は「こちらは、まだまだです」とおっしゃっていましたが、聴きやすくハッキリ喋ていて、リズムもしっかりしている、聴きやすい「子ほめ」だったと思います。
そして三つ目の噺。今回最後の噺です。
前回のラストは「てれすこ・序」という、とても前座さんとは思えない発想・着想のネタで驚かされましたが、今回は全く違うタイプの噺。
「今しかできない噺」ということでしたが。
ドキュメンタリーというか、私小説のような、つまり「私落語」といったところでしょうか。
内容は、吉笑さんの最近の失恋を描いたというもの。
彼女を通して落語に出会い、そして落語家を志し、自分が落語に触れるきっかけとなった彼女と別れるまでの噺です。
彼の話によると、彼女と別れたのはつい最近で、まだかなり落ち込んでいるそうです。
今のその自分を、そのまま一つの作品にしちゃおうという試み。
「彼女との物語をそのまま落語にしよう。二つ目昇進を機に彼女と再開して話をし、そして、最後はハッピーエンドのシナリオに!」
と思っていたのだけれども。
最後は、笑うしかない程切ない、「サゲがない」というサゲ。
うなだれる吉笑さんの姿。
映画のエンドロール時のように「茜色の夕日」が流れ、ライトが暗くなり終了。
……と思ったら。
会の最初でやっていたのと同様に、吉笑さんが台本を記す仕草をし始め、その場の状況をを書きながら読み上げる形になり、「吉笑物語 前座編 第一部・完」で終了。
落語に触れてから今までの彼自身が、そして、今回の、今、この場の、この会全体が、最後の作品の一部ということになっていました。
やるねぇ!!
その、入れ子的なというか、自己言及的な趣向も面白かったのですが。
最後の噺が何処まで事実なのかわかりませんが、緻密な計算と冷静さの中に、熱い想いの込められた噺だったように思えます。彼女に対しても、落語に対しても。
そして、ちゃんと「テレ」があるのもよかったです。
落語って、こういう可能性もあるのね。
技術的にはまだまだなのかもしれませんが、彼女との、ぽつりぽつりとしたやりとりが、立川談志家元の「伝説の『芝浜』」の魚屋と女房のやりとりを思い出させました。
MY師匠は「落語家というものは、己の生き様をぶつけるもの」とおっしゃっていましたが、MY師匠の「演劇落語」と同様に、まさにそんな「落語」だったのではないかと。
何にしても、吉笑さんの才能と情熱を、さらに再認識させられた会でした。
これからの吉笑さんの活躍に、益々期待しています。