人間はともすれば、自分の自由意思で動いているように思える。
権威などなくとも自分の頭だけで生きていけると思えるわけだが、
社会科学は「それは幻想にすぎない」と教える。
人間とは社会的存在であって、
本当の意味での「個人」は存在しない。
人間が生きていくためには、
何らかのガイドラインがなければならない。
そのガイドラインとなるのが、規範であり、モラルなのだが、
そうしたものを作るのが他ならぬ権威そのもの。
もし、そうした権威がなくなってしまえば、
人は人間的に生きていくことが不可能になる。
ある人は猛獣のようになり、
ある人は植物のように動かなくなる。
いまの日本のように経済が不況になっているときに
自殺が増えるのは、誰でもすぐに想像できることだが、
逆に経済が活況を呈して、生活水準が急上昇したときにも、
自殺が起こることを、ユダヤ系フランス人のデュルケムは発見した。
この思いがけない発見をデュルケムはこう説明する。
生活が苦しいなどといった外面的なことから
人間は自殺するのではない。
「連帯」を失ったときに自殺するという。
急に豊かになって生活スタイルが変わってしまうと、
それまで付き合っていた友人たちとの連帯はなくなる。
しかし、かといって、以前から豊かだった人たちからは、
「成り上がり者」とさげすまれるので、
連帯をどこにも見出せず、自分の居場所を見失ってしまう。
他人との連帯を失い、自分が何者であるかが分からなくなったとき、
人は絶望し、孤独感を味わう。
この孤独感から逃げるためだったら、死をもいとわない。
天皇という「基軸」が失われ、憲法がアメリカ人から与えられた結果、
日本に起きた「社会の病気」
戦後の日本が、権威なき社会になったことを象徴するのが、
高度成長と受験戦争。
何が正しく、何が悪いことかを決めてくれる権威がなくなった
戦後の日本人たちにとって、ただ1つの尺度は「カネ」だけになった。
幼い子どもにとって、全知全能の存在である両親は、
「勉強することが正しい」というモラルではなく、
「勉強すれば儲かる」という単なる損得勘定を教える。
損得勘定を超えたところからモラルが始まるのに、
そのモラルを説くことができない両親を、子どもは尊敬しない。
怖くない両親がガミガミ言ったら邪魔だから
殺してやろうと思っても不思議はない。
また連帯感のない社会の病気にかかっている日本では、
友だちをいじめてもなんとも感じないし、
学校に行きたいとも思わない。
「いまの日本を直視しなさい」
今の日本が、まさに亡国の淵に立っていることを見つめることから、
すべては始まる。
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