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ことのは

本がだいすきです^^

世界で統一的な基準、

すなわち「グローバル・スタンダード」という基準は、

ビジネスの世界にはどこにも存在しない。
グローバル化の本質とは「徹底した現地化」である。


例えば、調味料で有名な「味の素」

インドネシアやフィリピン、タイといった東南アジアの国々では、

あえて、日本とは異なる販売方法を用いて成功を収めている。


食品業界では、ルートセールスは卸売業者や

販売代理店に任せるのが一般的なのですが、

味の素は東南アジアでわざわざ約五千人の現地営業を雇い、

個人の零細店を中心に地道なローラー方式で営業してきたのです。


営業マンは営業先で販売、陳列、接客と1人で何役もこなし、

日本で販売する量よりも小分けにした調味料を

1個十円台でコツコツと販売。

今や東南アジアの調味料市場で六割のシェアを獲得するに至っている。


このような徹底した現地化こそ、グローバル化の本当の正体である。

けっして格好のいいものではなく、

地道に泥臭く一歩一歩前に進めていくものなのです。


日本を代表する複数企業が社内公用語を英語に切り替えている。

2000年ごろまでの国際化が叫ばれた時代は非常に重要だったが、

地球全体をすっぽり覆い尽くすグローバル化の現代では、

英語を話す人々は世界全体の二割程度に過ぎないので、

英語の絶対性は薄れつつあり、英語力だけ鍛えても通用しない。


真のグローバル化とは、異質な相手への理解から始まる。

たとえ自分の価値観とは、相いれないものがあったとしても、

すべてをありのままに受け入れる努力こそが求められている。

世界全体においての大局を知り、俯瞰的な視点をもつために、

本質を見極める洞察力を鍛える必要がある。


まずは「歴史」と「宗教」

日本史と世界史を分けて学ぶのではなく、日本から世界を見る視点や、

世界から日本を見る視点と、

日本も含めた世界全体を見る視点を働かせる。

一つの物事を多方面の視点から見ることを鍛えることにある。


次は興味のある学問からでいいので、

人文科学系の哲学、文学、論理学、倫理学、心理学、教育学など。

社会科学系では、法学、政治学、経済学、社会学など。

自然科学系では、物理学、化学、生物学、農学、数学など、

「広く浅く」でいいので専門分野に偏ったものでなく、

多角的な角度から物事をとらえることが大切なのです。


読書のメリットは「疑似体験」できることである。

わざわざ海外研修へ行く必要はなく、

世界のどの国の、どの人々の価値観や生活様式でも、

想像力を膨らませることによって、

現地を疑似体験できるようにすることが、

人生にとっての大きな糧となる、読書の方法である。



アメリカのデューク大学のキャシー・デビットソン教授は、

2030年には、現在あるビジネスの65%が存在しなくなると述べている。

ITとロボットの両ビジネスの発達により、またイノベーションの勃興により、

既存のビジネス分野は少しずつ侵食されてなくなっていき

人間の労働力がほとんど必要なくなるビジネスも出てくるであろう。



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人間はまず、先に実存し、世界内で出会われ、

世界内に不意に姿をあらわし、そのあとで定義される。


人間はあとになって、はじめて人間になるのであり、

人間は、自らがつくったところのものになる。

このように人間の本性は存在しない。


人間の運命は、人間の手中にある。


人間の存在は偶然であり、無意味で不条理である。

自分の行いを正当化する価値を、

眼前に見いだすことはできない、

孤独で、不安で、自由な存在なのである。


地獄とは他人のことだ。

自分の評価は、他者にゆだねられる。

これは、人間の条件であり、人生の受難である。



われわれは自由を欲することによって、

自由は、まったく他人の自由に依拠していることを、

他人の自由は、われわれに依拠していることを発見する。


その責任において、何かを選び、

その結果を引き受けることに、自由がある。



人間は、自らの本質を選びとった上で、

主体性をもって、自らの価値を選択し、

自らの決断によって、人生を、未来を、

希望をつくり上げていかなくてはならない。



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執着こそが苦しみを生む。


生きて在ることは、苦しみである。

苦しみには原因として執着がある。

こうなってほしいという期待から、

思い通りにならない悩みが生まれる。


「執着」「心の渇き」「ないものねだり」を生み出すエネルギー

生存欲・食欲・性欲・睡眠欲・感覚欲・怠惰欲・承認欲


欲求に基づいておこる反応は2つ。

「快」か「不快」


反応は刺激を受けた瞬間に生まれ、

同種の反応を生み、次の反応を誘う。

顔(表情)や言葉や行動となり外に表れ、

性格をつくり出し、人生を決める。


最初の体験が「楽しかった」ポジティブな反応は、夢や願望に。

「嫌い」「つまらない」というネガティブ反応だと、ストレスに。

人間づきあいや学習その他の体験でも、

最初の反応が決定的に重要であり、

いったん「嫌い」と反応したら、

放っておけば永久に「好き」は生まれない。


皮肉なことに、快を期待すると、必ず不快が待っている。

快の反応は長続きせず忘却されるので、

また、次の快を探し始める。


何かを求めて生きている私たちの人生・日常は、

それ自体が、不快を含んでいる。

束の間の快(よろこび)のために、

潜在的な不快(怒り)をずっと抱え続けて生きている。


誰の目にも見えるはずのない、

ネガティブな感情や記憶に支配されて、

ひとり不機嫌、憂鬱な気分になっている。



私たちは、ただ生きている。ただ息をしている。

呼吸し、歩き、立っている状態をただ感じ取り、

いまに集中する。


悩みのない心の状態を、誰もがかつては持っていた。

期待も、判断も、怒りも、迷いも、妄想もない状態。

それは、いま一瞬の自分の感覚、感情、

に湧く思いや考えが1つしかない状態。

ただ感じるままに、思うままに、考えるままに。



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目が見えす、耳が聞こえない状態を「盲ろう」といい、

日本だけで約2万人の盲ろう者がいると推計される。


原因不明の病気によって、3歳のとき右目、9歳で左目も失明。

14歳で右耳が、18歳で左耳も聞こえなくなる。

不安と恐怖に包まれた、極限状況の日々。


自己崩壊から逃れるための苦悩の中でのサバイバル戦略は、

自らが納得できる、自らの状況に「意味」を見出すこと。

これに気づくためには、自分の弱さを知ることが欠かせず、

臆病で醜い存在であることを見抜き、とことん経験する。


私たちはこの宇宙の中で、一瞬にも等しい時間にだけ生きている。

宇宙創世から138億年経ち、地球誕生から数えても46億年。

こうした時間的スパンの中にあって、私たちはせいぜい100年。

その子孫もいずれは絶える。

人類が終焉を迎えるときは、宇宙の中でまた原子に戻っていく。



2013年11月初旬、フィリピンを猛烈な台風が襲いました。

私はそのとき、偶然「ヘレン・ケラー世界会議」という、

4年に1度の国際会議開催のためフィリピンにいました。


会議の開かれたホテルは、ルソン島の高地にあり、

台風の被害は直接的にはありませんでしたが、

猛烈な風と雨とを、私も肌で実感しました。


ニュースに呆然としながら、ふと奇妙な感覚にとらえられた。

目や耳に障害を持たないが、生きられなかった人々。

目や耳を奪われた私たちには残った、極限状態の命。



私たちは、驚くほど何も知らない。

極めて脆弱で、とるに足らない馬鹿のかたまり。


おそらく人間の究極の敵は自分であり、

生きる意味というものは、自分の中に答えがある。

生きる意味を自分の味方にするのは、自分次第。



挑戦とは、常に有形・無形の他者の手助けと共にある。

その本質は、自分自身に挑戦することであり、

ときに孤独なものだが、

1人だけで生きている人間は世界中どこにも存在しない。

自分と他者が共に生きていくことを支えていく営み自体に、

本当に困難な部分があり、その営みこそが最も重要な挑戦。



人生は恐れを知らぬ冒険か、

それとも無かの、どちらかである。

ヘレン・ケラー



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光が差してくるところまで行って、

その方向に進めれば、外に出られる。

でもなかなか光が見えなくて出口がわからない。

トンネルは真っ暗で、動くと何かにぶつかる。

動けばうごくほど傷つき、とにかく怖い。


助けを待ち立ち止まるか?

その場で倒れるか?

なんとか出ようと動き回るか?


その場にとどまれば何の傷みもないが、

永久にトンネルを抜け出すことはできない。


道を探る中でいろいろな傷を負うかもしれないけれど、

苦しみながら動いた人だけが、

「出口」=「理想の自分」にたどり着ける。



努力と結果の間には時間差がある。


努力と結果の間に時間差があればあるほど、

最終的に出てくる結果は大きい。


努力していること、

それこそが立派な結果である。


本当に大切なものは、

手に入れるために努力する自分を発見するところに、

大きな喜びがあることなのだから。



幸せというのは影のようで、

追いかけると逃げていくが、

太陽に向かって走り出すと、

追いついてくるものである。



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未来とは、今日である。


救済の日とは、今なのだ。



ウイリアム・オスラー


2,700万人以上の使い捨ての人たち。


以前は5万ドルだった奴隷の値段は、


今日では18ドル程度の借金で、


一家族が何世代にも渡って奴隷となっている。


こうした現代の奴隷制度は、


年間130憶ドル以上の利益を上げている。



自らが奴隷であることすら、知らない世界。



http://headlines.yahoo.co.jp/ted?a=20151120-00001541-ted

「愛は4年で終わる」


恋愛の幸福感が長続きしないのは、

幸福感の源である脳内快感物質が、

同じ刺激をくり返し脳に与えることで「慣れ」が生じ、

その分泌量が、みるみる減っていくからである。


「幸福な人生」というと、

何事もない平穏無事な人生をイメージする人が多いが、

同じ刺激が単調にくり返されるだけでは、

脳内快感物質は出なくなってしまう。


波風の立たない日々がずっとつづく人生は、

脳にとっては何の感動もない「砂漠」のようなものであり、

こうした飢餓状態がつづくと脳は衰えていってしまう。


本来、脳には、何らかの目標を達成することで

大きな喜びを感じる、という性質が備わっている。

達成感を感じたとき、報酬系が活性化し、

脳内快感物質が盛んに分泌されます。


しかし、報酬系はカンタンな目標では活性化しない。

困難な目標を達成したときにこそ、

たくさんの脳内快感物質が分泌され、大きな喜びを感じる。


脳にとっての最高のトレーニングとは、

なんらかの「逆境」を必死で乗り越えていく経験。


ねに順風満帆で歩んできた人は、

脳を鍛える機会に恵まれなかった分、人間としてはモロイ。



脳にとっての幸福とは、静的・固定的なものではなく、

変化のダイナミズムの中にある。

学びつづけ、成長しつづけ、達成をくり返すことの中にこそ、

脳が感じる幸福はある。




「すべての人間は生まれながらにして知ることを欲する」

アリストテレス



脳科学からみた「祈り」/潮出版社
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人間の長い歴史の中で考えれば、

私たちは非常に恵まれている。


現実の戦争を経験してもいないし、

戦後の貧しかった日本も知らない。

ダイエット本がバカ売れするほどに食べ物に恵まれ、

家もあり、教育もそれなりに受けられる。


知恵や発想の格差は存在するかもしれないが、

巷でよく言われるような、

経済的な格差が、格差を生む構造はない。


日本ほど教育格差のない国は珍しい上に、

学力差が経済格差を生む構造はすでに破綻。

ジニ係数が大きく上がってきているわけでもないのに、

数学や言説のマジックによって幻灯のように映し出される

格差社会という、実体のない現実。


考えること、知恵を使うことを放棄して、

煽動する人たちの思うままに煽られ、搾取される日本人。


格差のせいにして、楽になることで、

自分がもっとできたかもしれない、本当はそこにあったかもしれない

自分の可能性を見失っている人たち。


才能があるかないかというのは、自分が持っている適性を知って、

自分の評価軸を確立できているかどうかということに尽きる。

その意味では「才能がない人というのはこの世には存在しない」

ただ、自分に何ができるのかが、わかっているかいないかの差。


そして、才能を開花させるために大切な意志力の差とは、

「ヒトという生きものはそもそも意志が弱い」

ということを知っているか知らないかという差なのである。



死の間際に口にされる後悔の内容はたいてい同じ。

「あんなに一生懸命働かなくてよかった」

「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」

「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」


子供のころに描いた将来の自分。

「好きだからやっているだけ」と言い切れる、

自分の気持ちに則した、真実の努力。



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報われないかもしれない努力は、つらいものです。


静まり返ったオフィスでひとり泣きじゃくったとき。

上司から的確で残酷な指摘を受けたとき。


努力を続けていると、

前へ進もうと思うことすら、つらいと思うときがある。


でも、そのたびに気づくこともある。


自分だけは、努力した自分自身を否定してはいけない。

自分の努力にいちばん期待していたのは、

両親でも、上司でも、他の誰でもない自分自身。


私にはもともと大した能力があったわけではない。

ただ、明日の自分に願いをかける切実な気持ちが、

他の人より少しばかり強かった。


自分自身に絶望しても、

まだ、明日の自分へ期待することを止めなかった。

この自分を信じる力、明日の自分を夢見る力、

これが私の中にキラキラ光って、たゆみなく前を照らした。



努力を完遂するために必要な理想像は、

5年後でも、10年後でもない、明日の自分。



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