今回は黒澤明監督のエンタメ時代劇の傑作「椿三十郎」(1962年)。実におもしろかったですね。
"Sanjuro (1962)" Photo by japanesefilmarchive
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ある夜、古い神社の社殿。
藩の重鎮・黒藤と竹林の汚職を告発する件で正義感溢れる若侍たちが密談しています。
若侍の一人・井坂(加山雄三)が、伯父の城代家老・睦田に告発文を手渡すも逆に破かれて無いものとされてしまった、と報告します。
皆はがっくり、やれ睦田は馬面だ、とボロクソに言います。
で、井坂が目付の菊田にこの話を打ち明けたら「仲間を集めてくれ。一同と会って話したいから」と言われた、と報告すると、皆は「流石は菊田さんだ、あてになる」と歓喜します。
すると、社殿の奥で寝ていた流れ者の浪人~今回は後で「椿三十郎」と名乗る~が「うるせぇなぁ、おちおち寝てらんねぇだろうが」とノソッと出て来ます。
三十郎は盗み聞きしていた内容から、若侍達に読みが逆だぞ、と指摘します。
若侍達が小馬鹿にする睦田こそ立派な人物だよ、悪党は菊田だぜ、と。
そして、だとしたら睦田の身が危ないぜ、と三十郎は言います。
菊田は一味を一網打尽すべく井坂に皆を集めるよう言ったに違いないぜ、と。
実際三十郎の指摘通り、社殿は既に菊田の手下が取り囲んでいました。
三十郎は機転を利かせて若侍達をこのピンチから救いますが、厄介は菊田の懐刀・室戸(仲代達也)が切れ者だということ。
三十郎は危なっかしい若侍達を放っておけず、黒藤らに連れ去られた睦田の捜索と救助を決意。
こうして三十郎と敵方の読み合い・騙し合いというシャドウゲームが幕を切って落とされるのです。
"Yojimbo" Photo by Jon k Artetxe
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「用心棒」の続編である「椿三十郎」も脚本が面白いし、テンポの良い演出が良いですね。
「用心棒」と比べて「椿三十郎」は、殺陣が派手で素晴らしい。
特に三十郎と室戸の決闘シーンは有名です。
「用心棒」に引き続き三船敏郎演じる三十郎の飄々とした姿が良いですね。
三十郎のあまのじゃくだけど情に深いキャラは本作でも炸裂。
他人の面倒に首を突っ込んだのは三十郎の優しさだし、すぐにアツくなって暴走する若侍達を見捨てなかったのもそう。
三十郎が室戸を倒した後、若侍達を叱責して「俺や室戸のような抜身の刀になるなよ、鞘に収まってろよ」と諭して消えたのも三十郎の優しさです。
ここまでくると三十郎の生き方ですね。
事の発端は黒藤と竹林の汚職です。
しかし、若侍たちの若さゆえの浅はかさで多くの無駄な血が流されてしまったことも事実。
正義感まんまでは危険だよ、暴走なんだぞ、というお話でもあるんですね。
"Sanjuro" Photo by tlwmdbt
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人を見る目が確かかどうか。
若侍達、特に青大将田中邦衛は三十郎を見誤って面倒を起こしちゃいます。
その点小林桂樹演じる敵方の侍・木村は違います。
木村が若侍達に捕まって押し入れの中に拘束されるんです。
でも、木村は捕らわれている間にすっかり入江たか子演じる睦田の奥方の懐の深さに心酔。
木村は押し入れから出て来て、相変わらず読み違えて三十郎を疑う若侍達を「あの浪人はいい人ですよ」と諭してから、自ら再び押し入れに入る。
コミカルに笑わせながらも唸らせるシーンです。
睦田の奥方は命がかかった緊迫した状況なのに、のほほんとしたご婦人です。
でも流石は狸な睦田の妻だけあって洞察力が鋭い。
奥方が初対面の三十郎にズバッと言う。
「あなたはギラギラし過ぎていますね。抜き身みたいに。…あなたは鞘のない刀みたいな人。よく斬れます。でも本当にいい刀は鞘に収まっているものですよ」。
奥方に見事に言い当てられて困惑する三十郎。
睦田みたいな人物は鞘に収まっている刀なんですね。
そして奥方も鞘に収まっている刀なんだ、と観る者は悟ります。
奥方がノホホ~ンとしているのは穏やさが一番だと知っているからでしょう。
理想は陸田夫妻のような生き方だよ、ということなんですね。
とにかく「椿三十郎」は、エンタメとして断然おもしろい名作です。