「禁則事項」の意味(涼宮ハルヒシリーズ考察) | The Pioneerであるということ

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今回の考察では、未来人・朝比奈みくるの代名詞とも言える発言「禁則事項」の意味を考えたい。

 

朝比奈みくるが口にする「禁則事項」には、朝比奈みくるにとっても、読者にとっても、複数の意味が想定される。

 

最初に、朝比奈みくる(未来人)にとっての意味を考える。

 

大別すると、その意味は三つに分けられる。

 

まずは、本人の自称通り、知っているが言えないケースである。

「ごめんなさい。言えないんです。特に今のわたしにはそんな権限がないの」

(『涼宮ハルヒの憂鬱』、p. 149、以下断りのない限りスニーカー文庫版)

この例は比較的想定しやすいだろう。

 

実際、禁則事項の大多数はこれに該当すると思われる。

 

第二に考えられるのは、本人が知らされていなくて言えないケースである。

「彼女が知らされていないのはゆえあってのことですよ。なぜなら、未来人が明確な意図を持って動いているのが解ったとしたら、後はその動きを分析すればいいんです。(中略)朝比奈さんが未来人の割にうかつに見えるのは、ほとんど何も知らないからです。あえて知らされていないとしか思えません」

(『涼宮ハルヒの陰謀』、p. 156、太字は引用者)

と古泉が指摘する通り、朝比奈みくる、特にみくる(小)には知らされていないことが多い。

分からないことの中には素直に分からないと言っているものもあるが、

全てにおいてそうであるとは限らないのである(具体例探しは、また今度にしたい…ちょっと今時間がないので)。

 

第三に考えられるのは、(本当は言えるけど)言いたくないから言わない、というケースである。

「一個だけ訊いていいですか?」

「何でしょう?」

「あなたの本当の歳を教えてください」

「禁則事項です」

彼女はイタズラっぽく笑った。

(『涼宮ハルヒの憂鬱』、p. 150)

上の例に見られる実年齢は、その代表例であろう。

尤も、このような事例は実は存在せず、全てが本当に禁則である可能性もある。

「朝比奈さんには兄弟がいるんですか。特に弟がいたかどうか、訊きたいんですが」

「うふ?」

朝比奈さんは唇に指を当て、完璧なウィンクとともに言った。

「あたしの家族構成については、特級の禁則事項です」

(『涼宮ハルヒの驚愕(後)』、p. 219、太字は引用者)

この例でも、一種の表情を見せているが、わざわざ「特級」と断っているくらいであるから、

本当に禁則事項である可能性が高いと言えるだろう。

 

同じことが、他の「言いたくない」禁則事項にも当てはまっていることも十分考えられるのである。

 

次に、読者にとっての意味を考える。

 

読者にとっての禁則事項の第一義は、「何はともあれ未来人が伏せたがっている」ということである。

 

しかし、その解釈は、必ずしもそれだけにはとどまらない。

 

まず、涼宮ハルヒシリーズをSFとして読む場合である。

 

この条件においては、特殊相対性理論などの現実の理論に言及されていることから、

現実世界の物理法則とほぼ共通の法則が成り立つ条件下で、

未来人たちの時間平面理論を構成しなければいけないと考えられる。

 

だが、未来への時間旅行はともかく、過去への時間旅行が可能な条件は、現代物理学では極めて絞り込まれる。

そして、多くを語れば語るほど、現実の物理学ではありえない矛盾を生じる可能性が大きくなる。

 

現代人にとって未来のことを言えなくすることで、未来人が自分たちの未来を「変えることができる」(『陰謀』、p. 154)と考える

現代人勢力に左右されないようにするという「対抗措置」(『陰謀』、p. 156)として働くと同時に、

作者にとっても、未来とその理論をブラックボックス化することで、世界の破綻を防ぐことができる、という訳である。

 

次に、ハルヒシリーズをミステリとして読む場合である。

 

ミステリとしてハルヒシリーズを読む場合、その解釈は二つ考えられる。

 

一つ目は、「禁則事項」の中身を知らずとも、ハルヒシリーズを理解することは可能だというヒントを提示している、という解釈である。

現に、殆どの読者は禁則事項の具体的な中身など考えずにハルヒシリーズを楽しんでいるであろう。

 

また、みくるではなく長門が使っている禁則事項だが、「魂の実在性の問題」(『涼宮ハルヒの憤慨』、p. 264~265)などは、

いまのところハルヒシリーズを読むにあたって無関係な情報に見える。

(ついでに言うと、みくるの実年齢もそう。ハルヒや他の団員が年齢を知って、それで態度を変えると思うか?)

 

尤も、その場合はSF的な読み方は的外れだということになりかねないという難点はあるが、

実のところハルヒが多面性を持つ作品だとしても、それらを同時に楽しんでよいかはまた別の話である。

(SFとして読むならミステリとして読むな、ミステリとして読むならSFとして読むな、ということ)

 

二つ目は、「禁則事項」の中身は未来人に問わずとも、文中のどこかに書かれているから十分である、という解釈である。

全ての例においてそうであるとは言えないものの、例えば『涼宮ハルヒの溜息』で、長門が未来人の目的をサラッと暴露してしまったシーンがあるのは象徴的だ。

「彼女は彼女が帰属する未来時空間を守るためにここにきている」

何だか、重大なことをサラリと言われたような気がする。

(『涼宮ハルヒの溜息』、p. 249)

この時点では、キョンは『笹の葉ラプソディ』で時間旅行を経験したことこそあれ、作品の単行本時系列的にも、

作中時系列的にも、みくるの説明は『憂鬱』で彼女が示した「監視係みたいなもの」(『憂鬱』、p. 148)という受動的な動機しか示されていない。

 

だが、この後、キョンは『笹の葉』、『朝比奈みくるの憂鬱』、『陰謀』などで時間旅行や未来人の任務を目の当たりにし、

更には既定事項遂行という未来人の目的も種明かしとして知らされたことから、ここでの宇宙人の発言はそれらの伏線だったと言える。

 

また、同様の暴露は『ミステリックサイン』ではもっと露骨に行われている。

「朝比奈さん、未来のコンピュータはどの程度まで進化してるんですか?」

「え……」

朝比奈さんは唇を開きかけて止まる。どうせ禁則とやらだろうから期待していなかったが、応えたのは別人だった。

「このような原子情報網は使用されていないはず」

長門が空気を読まずに言った。パソコンを指差し、

「地球人類程度の有機生命体でも、記憶媒体に頼らないシステムを生み出すことは容易」

(中略)

朝比奈さんはうつむいた。

(中略)

「否定することも肯定することも、あたしには権限が与えられていません。ごめんなさい」

(『涼宮ハルヒの溜息』、p. 173~174)

 

みくる本人は禁則とは言っていないが、趣旨からしてこの情報は「禁則事項」とみなして良いだろう。

 

同様にして、他の「禁則事項」でも、他の勢力が語っていることから、あるいは未来人自身が語っている別のことから、

未来人の意図を読み解くことが可能である可能性は十分にある。

「古泉くん、あなたには何も言えません。過去の人間の中であなたは上級要注意人物なんです。今のわたしでさえ禁則がかかるわ。(中略)わたしのたわいのない一言からでも、十の情報を得てしまいます」

(中略)

あなたのそのセリフだけで僕は充分ですよ。僕が何者なのか、未来からどう思われているのか、あなたは教えてくれた

(中略)

「禁則事項です。……と言ったら?」

なるほど、と思うだけです」

(『驚愕(後編)』、p. 174~175)

そう、少なくとも古泉も色々実際に読んで、読者に開陳してみせているのだ。

ならば、我々にもある程度までは読めるのではなかろうか。

 

このようにして考えると、「禁則事項」はどちらかというと、ミステリとして解いていった方が面白いかもしれない。

 

結論

「禁則事項」の意味は、朝比奈みくるにとっては三つあり、読者にとっては読み方次第で変わるものである。

 

みくるにとっての意味は、分かっているが言えない、分からなくて言えない、分かっているが言いたくないに大別される。

 

読者にとっての意味は、SFとして読む場合は理論破綻防止装置であり、

ミステリとして読む場合は、「知らなくてよい」もしくは「別の場所にある」と示唆するヒントとして働く。