- スローターハウス5 (ハヤカワ文庫 SF 302)/早川書房
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あらすじ(裏表紙参照)
時の流れの呪縛から解き放たれたビリー・ピルグリムは、自分の生涯の未来と過去を往来する、奇妙な時間旅行者になっていた。 大富豪の娘と幸福な結婚生活を送り……異星人に誘拐されてトラルファマドール星の動物園に収容され……やがては第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜となり、連合軍によるドレスデン無差別爆撃を受けるビリー。 時間の迷路の果てに彼が見たものは何か? 著者自身の戦争体験をまじえた半自伝的長編。 |
引用
そのころから、すでにわたしはドレスデンの本を書いていると称していた。当時アメリカでは、それは有名な空襲ではなかった。それが、たとえば広島をうわまわる規模のものであったことを知っているアメリカ人は多くなかった。わたし自身、知らなかった。この空襲については、何もおおやけにされていないも同然であった。 (P.22) |
「わたしにはわかるわ。二人が赤んぼうじゃなくて、まるで一人前の男だったみたいに書くのよ。映画化されたとき、あなたたちの役を、フランク・シナトラやジョン・ウェインやそんな男臭い、戦争好きな、海千山千のじいさんにやってもらえるように。そして、戦争はすばらしい、だからもっとやろう、ということになるんだわ。ほんとうに戦うのは、二階にいるあの子供たちみたいな赤んぼうなのに」 ようやく合点がいった。メアリの怒りをかきたてているのは戦争だったのだ。 (P.27) |
ビリーが逆向きに見た映画の粗筋は、つぎのようなものだった- 負傷者と死者をいっぱい乗せた穴だらけの爆撃機が、イギリスの飛行場からうしろむきにつぎつぎと飛びたってゆく。フランス上空に来ると、ドイツの戦闘機が数機うしろむきにおそいかかり、爆撃機と搭乗員から、銃弾や金属の破片を吸いとる。 同じことが地上に横たわる破壊された爆撃機にも行われ、救われた米軍機は編隊に加わるためうしろむきに離陸する。 (P.102) |
貨車はときにはのろのろと、ときにはきわめて速く走り、そしてしばしば止まり-坂をのぼり、坂をくだり、カーブを曲り、あるいは直進する。パイプを通してビリーの眼に何が見えたとしても、彼はただこういうしかない、「それが人生だ」 (P.156) |
ついでながら、トラウトは金のなる木をテーマにした本も一冊書いている。その木は、葉のかわりに二十ドル札をつける。花は国債、果実はダイヤモンドである。人間たちはそれに魅せられ、根の周囲で殺しあいをする。死体は良質の肥料となる。そういうものだ。 (P.219) |
感想
粗筋に既出されているように、著者の戦争体験を基にした半自伝的な小説であり、SF色は薄い。 主人公ビリー・ピルグリムは、未来と過去を往来する時間旅行者なのだが、時間軸をコントロールして移動しているというより、恣意的に過去を回想するような感覚で、各時代を往来する。 基本的には、様々な時間軸が複雑に入れ替わりながら、ストーリーは進行していく。 只、それによって物語が難解になっているわけではなく、何か朦朧として夢の中を彷徨っているような、不思議な感覚を読者に与える効果を果たしている。 ドイツ軍の捕虜になった話や、ドレスデン無差別爆撃、トラルファマドール星人による誘拐、大富豪の娘との結婚と、様々な時間軸によってストーリーは展開していくが、メインとなるのは戦争体験の話である。 戦争を行う人間を滑稽に扱う事によって、読者に戦争の馬鹿馬鹿しさ等を伝えようとしているのだが、狙いとしては、戦争をドラマチックに演出する映画や小説に対するアンチテーゼという事もあるのだろう。 その為、多くの戦争を扱った物語のような重々しい陰鬱さはなく、悲惨な事が淡々と繰り返され、それがユーモアというオブラートに包まれているのが特徴的だ。 文末ごとに繰り返される「そういうものだ。」という台詞は、この世界の様々なエラーに対して、笑いながら甘受するような、云わば仏教的な悟りに近い境地なのかもしれない。 ビリー・ピルグリムは、戦争の最中では着る服もなく、青のトーガと劇で使用されたシンデレラの銀の靴を履いて、ドイツ軍の捕虜として過ごさなければいけない。 印象的なのは、ピルグリムだけでなく、アメリカ軍の兵士はまともな軍服すら与えられず、間に合わせの服を着用していたという事である。 実際の処、米軍の兵士は、尊厳を与えられる事が他国と比較すると少なく、蔑ろにされていたようだ。 そもそも、ドレスデン爆撃自体も長い間、隠蔽されてきた歴史がある。 我々が普段、耳目に触れるニュース自体、多寡の情報操作や隠蔽が行われているが、隠蔽されている部分こそ人生の不条理が凝縮されている。 そこを独特のブラックなユーモアを通して表現しようという試みは、著者の小説の重要な出色の一つであろう。 トラルファマドール星人やキルゴア・トラウト、エリオット・ローズウォーター等、他の小説で登場するキャラクターも出てくるので、順番的に後の方に読めば、より楽しみが増すと思われる。 著者の他の作品を読む事によって、カート・ヴォネガットが一貫して何を重要なテーマとして表現したかったのか、という事も理解出来るようになるかもしれない。 難解な科学用語は皆無で、ページ数も少ない為、SFが苦手で文学好きな人に特にお薦め出来る作品だ。 |