同時にあるもの
。
『 同時にあるもの』
明鏡ゆらぎ
やりたいコトは
きっと それなりにあったりするもの
でも そのやりたいコトの
スタート地点に立つまでに
やりたくないこと 望まないことを
やっていかなくては ならないもの
その望まぬ時期を
腐ることなく
どれだけ心豊か(前向き)に過ごせるか
その望まぬ時期が
どれ程すごい 貴重なモノを
自分に何かを与えてくれるだろうか
目先だけではダメ
遠く過ぎてもダメ
全体を見て 想い 感じながら
望まぬ時期が 実は
やりたいことを 始めるためだけでなく
それを やり遂げるために
必要な時期なんだと
そう学び体験してきた
例えば
別に焦る必要は 何もない
イメージは 対極を持って生まれくる
嫌な 悲観的なイメージの対極
素敵な 望むイメージ
同時に生み出している
たまには そちらも 眺めてみようか
あなたには 今
何が見えていますか
― what do U come into UR view right now?―
。
音になる前
。
『音になる前』
明鏡ゆらぎ
口から放たれ
音を得たモノ達は
きっと ほんの一部で
口から放たれることなく
音を得なかったモノ達の方が
実は少し先の時間で
誰かを救っていることがある
ただ不思議なことに
両者は鍵と鍵穴のような対であったりもする
その場で音を得たモノ達は
明確な意味を与えられると同時に
少し後になって
音を得なかったモノ達を指し示す
コンパスとしての役割も与えられている
なぜ その音だったのだろうか…
そう そこがコンパスが指し示す方向。
人間は考える能力は抜きん出ている
でも
それを表現する能力は まだそれに追いついていない
だから
直接上手に渡せないモノ達
大切過ぎて 現存する音では
足りない程のモノ達を
届ける方法を
敢えて届けない方法に見出だした
そう 少し先の時間になってから
受け取りにきてもらう方法を。
今 想うと よくわかる。
今だからこそ わかる。
その類。
人間 届けたいのは 音
ではなく 想 の方。
相手の心を。
相手に心を。
心が 相手を。
心で 相手を。
想。
意外に とても大切なことだろう。
花がきれい
花が好き
音になる前では理由は大抵 後に来る
つまり
感じること 想 が最初なんだ
ー音(コトバ)になる前ー
。
春の頃
。
『春を迎える頃に』
明鏡ゆらぎ
春を迎える頃に 懐かしい歌を聴こう
あなたにちょうどイイ ふんわり感が
萎み加減の気持ち 柔らかく膨らませてくれるから
さぁ未来用の懐かしさ描いていこう
春が包んでくれてるから
春を迎える頃に 手紙や年賀を眺めてみよう
あなたにちょうどイイ 新鮮な感じが
あなたの気持ち優しく 引き締めてくれるはずから
きっと 視線上がって 背筋が伸びて
春の中を 歩いていけるから
痛みが分からなくなるほどの時には
時間が経つのが遅くて
こころ満たされる時には
時が あっけなく過ぎていく
だけど 辛い時間を長く感じる心なら
きっと こころ満たされる時間も
同じだけ 長く感じることが 出来るはず
時は いつも同じ速さで
さっきまでの今を過去に さっきまでの未来を今に
途切れることなく繋げ続けているから—。
さぁ春を迎える頃に 懐かしい歌を聴こう
あなたにちょうどイイ ふんわり感が
萎み加減の気持ち 柔らかく膨らませてくれるから
さっきまでの未来だった今の懐かしさを繋いでいこう
もっともっと春が包んでくれるから
********************************************************************
戦後最大の国家的危機と言われる 東日本大震災。
そんな中で まず普段では有り得ないほどの数の
心が結束している。
国家的世界的な規模の気持ちが 同じ方向を向いてる
こんな目に見えないけど確実に存在する一体感
という類のモノが この震災の有無に関係なく
今の時代 必要だったのかなぁなんて考えたりします。
また 現代のように隣近所との付き合い方が薄くなって
きている中で 被災された村 町 地域 の結束力は
現代のそれと同じ類でないことは明らかだなぁ とも。
良い時だけの みたいな付き合いとは まさに対極。
最近の典型的な人間付き合いって 普段は上辺だけで薄く繋がっていて
何かをするにあたっても それを今しておくことで後々自分に還ってくる
想定を持って行動を決める方々も少なくは無い。つまり損得>気持ち。
でも 村や小さな町では 全体が家族のような付き合いをしている。
俺もそんな地域が身近にある。 遊びに行くと玄関の鍵が閉まっていること
は滅多に無い(←もっと用心しろよ(笑))
時折隣近所の方々がやって来て やれ野菜だのやれ○○が安かったから
ついでに買ってきたからおいておくね~っと 声だけかけて会わずに玄関に
勝手に置いていくこともしばしば(笑) うん家族以上的(笑)
なんとなく言いたいことからは逸れたけど
いざと言うときに 「大切って言う絆」は 上辺・損得などの
水面での気持ちの付き合いは絶対に築くことは出来ないのだろう。
もっともっと深くにある「計算無き本当の気持ち」が 互いに見えて
そして同調した時 それは結ばれるのかなと。
どうしても人間だから自分側からの発信になることは当然として
その中で 時々自然に触れながら んぼ~(。・_・。) っと まったりと
色々思い返してみることも またこの時期を活かすことになるかもしれない
ですね(^艸^)プププ-
ぬぼぉ~(。・_・。)
ほけ~_(._.)_
びよ~ん _ ( . _ . ) _
ども 勝手な独り言ですので~(笑)
。
『春を迎える頃に』
明鏡ゆらぎ
春を迎える頃に 懐かしい歌を聴こう
あなたにちょうどイイ ふんわり感が
萎み加減の気持ち 柔らかく膨らませてくれるから
さぁ未来用の懐かしさ描いていこう
春が包んでくれてるから
春を迎える頃に 手紙や年賀を眺めてみよう
あなたにちょうどイイ 新鮮な感じが
あなたの気持ち優しく 引き締めてくれるはずから
きっと 視線上がって 背筋が伸びて
春の中を 歩いていけるから
痛みが分からなくなるほどの時には
時間が経つのが遅くて
こころ満たされる時には
時が あっけなく過ぎていく
だけど 辛い時間を長く感じる心なら
きっと こころ満たされる時間も
同じだけ 長く感じることが 出来るはず
時は いつも同じ速さで
さっきまでの今を過去に さっきまでの未来を今に
途切れることなく繋げ続けているから—。
さぁ春を迎える頃に 懐かしい歌を聴こう
あなたにちょうどイイ ふんわり感が
萎み加減の気持ち 柔らかく膨らませてくれるから
さっきまでの未来だった今の懐かしさを繋いでいこう
もっともっと春が包んでくれるから
********************************************************************
戦後最大の国家的危機と言われる 東日本大震災。
そんな中で まず普段では有り得ないほどの数の
心が結束している。
国家的世界的な規模の気持ちが 同じ方向を向いてる
こんな目に見えないけど確実に存在する一体感
という類のモノが この震災の有無に関係なく
今の時代 必要だったのかなぁなんて考えたりします。
また 現代のように隣近所との付き合い方が薄くなって
きている中で 被災された村 町 地域 の結束力は
現代のそれと同じ類でないことは明らかだなぁ とも。
良い時だけの みたいな付き合いとは まさに対極。
最近の典型的な人間付き合いって 普段は上辺だけで薄く繋がっていて
何かをするにあたっても それを今しておくことで後々自分に還ってくる
想定を持って行動を決める方々も少なくは無い。つまり損得>気持ち。
でも 村や小さな町では 全体が家族のような付き合いをしている。
俺もそんな地域が身近にある。 遊びに行くと玄関の鍵が閉まっていること
は滅多に無い(←もっと用心しろよ(笑))
時折隣近所の方々がやって来て やれ野菜だのやれ○○が安かったから
ついでに買ってきたからおいておくね~っと 声だけかけて会わずに玄関に
勝手に置いていくこともしばしば(笑) うん家族以上的(笑)
なんとなく言いたいことからは逸れたけど
いざと言うときに 「大切って言う絆」は 上辺・損得などの
水面での気持ちの付き合いは絶対に築くことは出来ないのだろう。
もっともっと深くにある「計算無き本当の気持ち」が 互いに見えて
そして同調した時 それは結ばれるのかなと。
どうしても人間だから自分側からの発信になることは当然として
その中で 時々自然に触れながら んぼ~(。・_・。) っと まったりと
色々思い返してみることも またこの時期を活かすことになるかもしれない
ですね(^艸^)プププ-
ぬぼぉ~(。・_・。)
ほけ~_(._.)_
びよ~ん _ ( . _ . ) _
ども 勝手な独り言ですので~(笑)
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