おはようございます。
心と身体をつなぐカウンセリングセラピスト
つぎたにあきです。
優しい目。
このこはお世話係のおねえさんが大好き。
ほのぼのしていて、とてもかわいらしかった。
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この時期になると大きなスーパーなどでときどき見かける七夕の笹と短冊。
お客さんが思い思いに願い事を書いて笹につるしている、あれです。
先日買い出しに行ったスーパーでなにげなく目に入ってきた、ある短冊。
『テストおこられませんように』。
もうそもそもの目的がずれてるやん と、おもわず突っ込んでしまった『テストおこられませんように』。
その字のたどたどしさと、言葉の簡潔さが、なんだかいじらしくかわいく思えて、ちょっと頬が緩んだのでした。
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でも。
大人のわたしたちだって、あながちこの短冊のことを、笑ってはいられないよなあ、とも。
いわゆるテストというものが、「勉強や打ち込んでいるなにかの進み具合や理解度を図るもの」的な位置づけなのだとして、
そもそも、
勉強、スポーツ、仕事でも趣味でも、
自分の内側からわいた興味や好奇心からはじまって、
もっと知りたい、もっとうまくできるようになりたいから、
練習したり調べたり勉強したりするものであって、
そもそも自分の外側サイドに「怒られないように」するためにする。
というものではないはずなんだよね。
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大人の世界だったら、
仕事や資格、稼ぎなど、
記録や努力や過度な頑張り、
大丈夫なフリ、被害者でいること、
いい人でいること、気を使いすぎること、
そういういろいろなことを、
自分がそうしたくてしているのか、
それとも 『おこられませんように』のためにしているのかかどうか、
ときどき、眺めてみるといいのかもしれないなあ、と思ったのでした。
これには反対側もあって、『ほめられますように』『すごいとおもわれますように』のためにしているというのも、違うようでいておなじ。
だれに『おこられませんように』『ほめられますように』『すごいとおもわれますように』なのかもあわせて考えてみると、
自分の行動パターンや心の癖に気がつく、おもしろいヒントが浮かび上がってくるかもしれません。
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今日も良い一日を。