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大きな独り言

妻、母、女、人間としての記録と人間観察日記 in アメリカ

分かりやすい白人至上主義による
人種差別にしろ


【自由の国】にかこつけて
“マスクをしない権利”ばかり主張する
特権お化けにしろ


人にげんなりする事が多い毎日の中で


私がとりわけ我慢できないのが
福音派キリスト教徒による偽善的な
【人種差別の容認】である。


彼らは表立って人種差別的な言動をしたり
「Make America Great Again」
とすら言わない場合も多いので、


思ったことをすぐ口にしてしまう
おバカさんな人種差別主義者より
目立たないものの
悪質度は非常に高い。
高学歴で社会的地位が高く
富裕層に属する人も多い。


彼らを表すのに最適な言葉は


【Blindness→盲目、無知】


である。


無知であることと、学歴がないことは
必ずしも同じではない。


思考することを放棄すれば、人間は
学歴に関係なく無知になる。


人が思考することを放棄するのは
自分の人生を、
自分以外の誰かに預ける時だ。
自らの人生の操縦席に
絶対的な誰かを座らせるとき
人は盲目になりやすいのである。


そういう意味で、宗教というのは
実に難しいものだと思う。


良い悪いの判断が
宗教的な信仰によってのみ
行われる時
聖典の解釈を誤れば、神の名のもとに
悍しい思想や行為が
正当化される危険性があるからだ。


残念なことに
福音派クリスチャンに
白人至上主義が多い
という構図は
アメリカ南部には
特によくある話で


2016年の大統領選挙では
福音派のキリスト教徒の白人のうち
80パーセント以上が
トランプを支持したという。


聖書に倣った生活や価値観と言う割には
随分と手グセの悪いトランプ
(離婚歴複数回あり)
を支持しているのが、
本当に盲目的というか、
なんと言ったらいいのやら。。。


誤解しないでほしいのは
キリスト教が悪いのではないという点だ。
キリスト教を都合よく利用して政治利用したり
人種差別主義を正当化するという
人間の行為が、よくないのである。


先月、ホワイトハウス付近で
BLM抗議活動が行われている最中
トランプが聖書片手に
教会の前で写真撮影をしたのなんて、
もろに宗教の政治利用である。


もっとも、聡明なクリスチャンは
そのような行為を許す筈はなく、
トランプを批判した教会関係者も多いわけだが
【思考することを放棄】した状態の、
盲目な福音派クリスチャン層は、
あの件でますます
トランプを支持する気持ちが
強くなっただろう。


そもそもヨーロッパから清教徒
(清潔、潔白と自らを自称する
プロテスタントのグループ)が
“自由を求めて”
アメリカという国に移住し、
神の名のもとに
ネイティブアメリカンを虐殺したことが
アメリカの建国のもとになっているわけで


南北戦争後に奴隷制が終了したあとも
KKKがこれまた神の名のもとに
黒人をリンチした
そんな背景からも
福音派のキリスト教が白人至上主義的なのは
歴史的に見て明らかなのである。


実際に、南部バプテスト連盟という
福音派の最大勢力も、1995年に奴隷制の存続と
人種隔離政策を支持した過去を認め、
謝罪した経緯がある。


謝罪したところで、
大して今も体制は変わっていないわけだが。


こういう超保守派なクリスチャンたちの
【私は、色を見ません】
という態度の偽善っぷりには本当に嫌気が指す。


こういう人は、人種問題のトピックを
のらりくらり避けようとする。
ちなみに彼らの大好きなスローガンは
All lives matterであり
Black Lives Matterには批判的である。




ところで。。。

本当にイエス・キリストは
ALMだからBLMを批判するだろうか?
そんな器の小さい方じゃないと思うけどね。真顔





ルカによる福音書15章1-7節

(平塚バプテスト教会のサイトより拝借)

 ここでイエスさまは、百匹の羊を持っている羊飼いがそのうちの一匹を見失ってしまったら、残りの99匹を野原に残して(おそらくは他の羊飼いの仲間たちに託して)「見つけ出すまで捜し回らないだろうか」(4節)と言われる。これは、まともな羊飼いなら必ずそうするに違いないという確認である。
 
 見失われた羊の問題は何だろうか。それは、帰る道を知らないこと。自分が本来あるべき羊飼いの側に、自力で帰ることができない。そのように罪は人が本来あるべき場所から迷い出た結果である。そして、その罪の現実が帰路を塞ぎ、見えなくしているのである。