4月にはいって、更新がとまってしまっていた。あれこれ考えるのをやめてみた。だけど・・・やっぱり、書き留めておきたいこともある。
もうじき、イースターだ。イエスさまが復活された日。もしかしたら、クリスマスよりも、もっとうれしい記念日かもしれない。
さて、イースターに洗礼を受けるのは、いいタイミングらしい。記念の日。イエスさまと一緒に新しい世界へ。
教会の牧師先生から、毎週、洗礼準備のお話しを伺っている。かなり難しい説明もあったが、聴くと心があたたかくなれるのは、なぜだろう。以前にも、聴いたことあったのに、最近、胸に、しみこむように、言葉がひとつづつ、つきささってくる。
私は、洗礼は受けていない。ノンクリスチャン。「受けたい。ずっと神様を信じて生きたい」。そう強く思えることがあった。ここには、書けないが。
気持ちに迷いはない。そう、今日牧師先生にはっきりと、話した。が、その後「でも・・・」が、ついてしまうのだ。気持ちはOK。だけど、身辺整理みたいなもの(?)が、いまひとつ、できていないように思える。この気持ちは、これまた言葉にできない。
このイースターを逃したら、いつ決心するか、タイミングをのがす気がする。一方、イースターといって、あせらなくてもいいようにも思う。はっきりいって、それは、私自身の問題だけ。しかし、私が決めるのではない。そんな気もする。「その時」をただ待てばいいという。
ただ、「一歩」ふみだせばいい。それからでいい。もろもろのことは・・・。そう、誰かが語ってくれている気もするこの頃である。
今日は礼拝の日。牧師先生に、いろいろな話を聴いていただけた。クリスチャンのお友達も、支えてくれた。このような時を、今日持つことができたことを感謝していきたい。