The molluskのブログ -4ページ目

The molluskのブログ

10年目を迎えた家庭生活の記録

娘が18になって家を出たら離婚する。
それまで給料運搬人と家政婦として生きる。

そう決めて宣言したけれど、夫は全く本気にしていないみたいだ。奴はせせら笑っていた。
奴が私に触ってくるとき、商売女になった気がするし、実際そうなのだ。娘の生活のために好きでも無い男に身体を触らせている。最低の気分だし、終わった後気持ちよかったんだろ?とか言われると殺してやりたくなる。あまりに気持ち悪いので背格好が似ている好きな二次元のキャラといたしているところを想像していたというのに。

私は何がしたいんだろう?
アメリカに戻りたい。自分で稼いだお金で暮らしたいし、私を一人の人間として扱ってくれる、
お互いに尊敬できて、信じ合えて、愛し合えるパートナーが欲しい。

でも今のわたしは日本で、専業主婦で、モノ以下の扱いをされて蔑まれ、信用されず、暴力に怯えながら生きている。
毎日毎日バスルームで泣く、みじめな暮らし。人はこれに10年耐えられるものなんだろうか?
道を歩いていても勝手に涙が溢れている時もあって、自分は鬱なのかもしれない、と思う。

夫は最近飲酒量が増え、キレやすく、物覚えが悪い。アルツハイマーかアルコール依存で脳が萎縮しているんじゃないかと思う。言ってもキレるだけだから、もちろん言わない。

夫は機嫌を取ろうと、お菓子を買ってきたり、すり寄って謝ってきたりする。去年の私なら一も二もなく許していたのに、今は許せない。心が冷え冷えしていくだけで、何の感動もない。触られたくない。
誰にこんな話をしても、理解されない。許してあげなさいよ、ご主人が可哀想。

何か仕事をしなければと思っていたのに、来年はPTAの役員になってしまった。それが終わったら私は40だ。

とうとう、日本に帰国した。
でもまだ私と夫は離婚していない。

2016年春。私は最後の糸が切れる音を聞いた気がする。
泣きながら「こんなにあなただけを、20年ずっと愛してきたのに、どうして優しくしてくれないの?」と訴えた私に帰ってきた言葉は、それは単なるお前の自己満足だろ、だった。追い討ちをかけるようにいろいろ言われた。俺はお前を全く信用していない。俺がもし病気になって働けなくなったらお前は逃げるんだろ。お前は人間のクズで、俺に相応しくない。世の中そんなに甘く無いよ?お前は何もしてないし、何も出来ない。

もうだめだ、と思った。私の20年は徒労で、一人相撲で、なに一つ築くことができなかった。この時私の心は殺されたんだと思っている。死んだ人間が謝ったところで生き返らないように、私の心もずっと死んだままだ。

そして夏前に日本への帰国が決まった。友人と離れるのは寂しい、とこぼすと、夫は激怒した。勝手なことばかり言うな。だったら一人でここに残ればいいだろう、不法滞在者にでもなんでもなれ、と。

この人は本当に人間なんだろうか?会話が成り立たない。例えばパーティに持っていく料理を作って残りがあったので、「これ食べていいからね」と言うと返ってくるのは「おいしそうだね」でも、「分かった」ですらなく「こんなに食えるかよ」なんである。
独身時代に欲しがっていたプレゼントを見せた瞬間「こんなもの買わなくてよかったのに」と言われたこともあったし、風邪をひいて寝ているときに新幹線の距離を駆けつけたら第一声は「来なくてよかったのに」だった。夫は何一つ変わってないのだ。変わったのは私。夫が好きだったから、単なる照れ臭さで憎まれ口をきいてるんだ!と自分のみたいものしか見なかった愚かな私。恋というフィルターが粉々に砕け散った今、目の前にいるのは、人の心を持ち合わせない怪物だ。

娘の新学期に合わせて、娘と私だけが夏休みに帰国した。夫のいない約2ヶ月、何も物はなかったけれど、娘と二人幸せだった。
船便のごちゃごちゃと一緒に夫も帰って来た。また諍いの日々が始まった。
一昨日、とうとう蹴られた。夜、娘の矯正器具が嵌められない、と風呂に入っているのに呼び立てられた。服も着ずにタオルだけで、じゃあ娘を連れて着て来て欲しいというと、お前が歩み寄れ、と言い返された。思わずうるさいなぁ、とつぶやくと後ろから蹴られた。何するの!?の後のセリフは一生忘れられない。「手加減してやってるんだぞ」。矯正器具はすぐに嵌った。よくも蹴ってくれたね、と言うとそこら中のものを投げまくり、いいご身分だな!なぜこんなことで一々呼びつけるの?と言うと、文句言わずにとっととやればいいんだ。俺の金で好きに遊んでるくせに、何が不満なんだ。

翌朝また謝ってきた。ねぇ、ごめんね。もうしないから。
死人は生き返らない。


先月、共通の知人が若くして突然亡くなり、
なんとなく私たちは小康状態だった。
いつ死ぬか分からないのだから、いがみ合って生きるより
いたわりあおう、と言葉にして再確認した。

その効果は約一か月。
今日は久々にいさかいの夜だった。

そもそも、娘が習い事で疲れたやりたくない、とふてくされてしまい
まったくレッスンができず
7時に帰ってきた後、私と娘は話し合い(という名の口論)をしていた。
8時に夫が帰ってきたとき、夕飯の準備はできておらず
娘の宿題も手つかずというひどい状況だった。
そのような状況をある程度夫に説明し、雰囲気は最悪の中
夕飯を作っていたところ、夫はいつも通りダイニングで
ギターを弾き始めた。
たまりかねた私が
「こんな家族が荒れている日は、ギターじゃなく娘のフォローをしてほしい」
というと、夫はうるせえな、と舌打ちをして
ベランダにタバコを吸いに行ってしまった。

相変わらずの身勝手ぶりに嫌気がさし、
それ以上は何も言わず夕飯を作り終えると、
娘はダイニングで宿題もせず本を読んでいる。8:30。
夫が宿題を見ていてくれれば、と思うが堪えて娘に夫を呼びに行かせる。
夫は食卓に着いたものの、不機嫌そうにビールを飲むだけで箸もつけない。

私は自分の夕飯を食べ終えると家と車のカギ、携帯電話をもって
この家には居場所がないから今日は車で寝る、と宣言した。
夫は私の作った料理を皿ごとごみ箱に捨て、
さらにそのごみ袋をダストシュートに持っていこうとした。
(セット物の皿が含まれていたので私が止めた)

以前、どんなに怒ってもごはんは捨てない、次やったら離婚すると約束していた
はずだ、と指摘すると
夫は「こんなものごはんとよべるか、手を抜き過ぎだ」と言いやがった。
メニューはロブスターのラビオリと、かぼちゃの煮つけ。
確かに酒の肴にはならないしメニューもめちゃくちゃ、手抜きであることは認めるが
皿ごと捨てるのは単なる示威行為で容認できない。

「日本に帰国したら離婚する」宣言後皿を洗っていると夫は
「ねえママごめんね」とへらへらしながら謝ってきた。
どんな酷いことをしようが、これですべて許されてしかるべきで、
これ以後怒っていた場合は許さない私が悪い、というのがいつもの夫のやり口だ。
明日の夫の弁当のために、リクエスト通りのものを買っておいたのに
と思うと、悔しくて泣いてしまった。

これで今夜のことは少なくとも夫の中では片が付いたのかと思っていた、
その後ダイニングで溜まっていたPC作業をしていたら、
10:30、夫は寝る前に家じゅうの電気を消しまわり
目の前に私がいるのにダイニングの明かりを消してきた。
なぜ消すの?と寝室まで追いかけて4回聞いたが、
帰ってきたのは「おやすみ」という対話拒否の返事だけだった。

現在23時。私が車で寝ようがどうしようが、高鼾の夫は意にも介さないだろう。
旅行中は概ね衝突なく過ごせた。
お互いに逃げ場がないのを自覚していたためだろうか。

相変わらず夫はマイペースで、毎日翌日早いのに荷造りもせず
タバコを吸いに外出してはビールを飲み、さっさと寝てしまう。
翌日の目的地を巡るタイムスケジュールを組み店を調べ説明し住所を調べ
ナビをセットするのは全て私の仕事だ。

だが、彼にとっては金を出している自分=お客さんなんだから
この態度は極めて正しいのであろう。

運転は交代制。
私の運転中はずっと夫の小言を聞きながらだ。
やれ車間が近い、追い越しで対向車線に出るのが早い、ブレーキが遅い、などなどなど。
駐車場から出す時に切り替えそうと車を寄せたら怒鳴られたり。
イライラさせて事故を起こさせようとしているのかと勘ぐってしまう。

そして下らない雑談をすべて否定される。
この川はマルマル川だって、昨日のあそこにも同名の川があったから繋がっているのかね、
といえば、違うんじゃない昨日のはバツバツ川だった、と言われる。
実際後で調べると、マルマル川で、繋がっているんである。
同様のことが数回。なぜ「そうかもねー」で流せず
朧な記憶でつっかかってきて恥を晒すのか、まったく理解できない。


まあ気になったのはこれくらいで、概ね楽しい旅行だった。




書いていて気づいたのだが、夫はお客さんなんだ、と改めて認識した。
彼は家庭を運営する気はない。
給与と言う対価を払って得た家で、専属従業員が、
自分の望むサービスを提供するのをひたすら待っているお客なのだ。

娘は聞き分けがよく、良い子であるという娘サービスだけを期待されている。
だから、宿題が分からないから見て、一緒にウノで遊ぼう、
といった娘の要求はすべて夫にとっては理不尽で、怒りの対象になるのであろう。

本日も諍い。レストランで食事中、しばらくは普通に話していたのだが一言で激昂、席を立って車で来ていたのに歩いて帰ってしまった。近所とはいえ、夜の外国の街に7歳の娘と妻を置き去りにして、である。懇願して帰って来てもらう。話を聞いて、と泣きながら取りすがる私の手を夫は平手で叩く。夫にとって私は憎しみの対象か、犬以下なのか。車庫ではわざと壁に向かって加速して私に恐怖感を与えようとする。

帰宅後話し合おうとするが逃げ回って、ケータイゲームから目を離さず話にならない。
ベランダに出た時に娘に鍵をかけてもらい、ようやく話を少し聞くことができた。
相変わらず押し黙って不機嫌アピールするだけで何も分からないのだが
今日は逃げようとしても鍵がかけてある。沈黙には沈黙で返していたところ、
ようやく少し話してくれた。曰く、自分の存在意義を自分で考えろ。
俺の仕事にとやかく言うな。自分で自分の評価をしたら自己満足でだめだ。
他人に評価軸を求めたら依存している。
(意味が分からないのだが察するにつまり、俺の求める基準に達していないのに自己満足しているお前はクズだといいたいらしい、が、あまりに得手勝手だと自覚があるのかそれを自分では言わず、私が察せれば罪悪感を植え付けられてよし、察せなければ察せない私が頭が悪いということにしたいらしい。)
お前は子育てをしてるといえるのか?(当然していない、と思わせたいのだろうが娘は毎日元気に学校に通い、週3で習い事をしその送迎は全て私で、成績だって普通かそれ以上である。私は娘には娘の人生があると思っており、手助けはするが管理するつもりはない)

最終的には夫婦とは給与を渡す代わりに家事労働をするギブアンドテイクの関係が全ての根底にある、
という衝撃発言が飛び出した。
心の交流はそれに付随するものなんだそうだ。

それただの家政婦やんけ!

「なるほどなるほど、やはりそこに認識の相違があったみたいだね。私は夫婦の根底にあるものは信頼関係とかおたがいへのリスペクト、人権の尊重だと思っていた。だからパパは私が家事労働をしていないと判断したら暴力を振るうことも罵倒することも許されると思っていたというわけだ。よく分かりました。今後はその認識の相違を念頭に置いて行動します。」

私はそれだけ言うと、娘に鍵を開けるよう合図した。
大変有意義な話し合いだった。


夫はバザー用に分けていた本の段ボール箱を蹴飛ばして不機嫌アピールを続けていた。すっとぼけてあれ?本が散らかってるー、というとああ、散らかってるねと言いながら片付けていた。夫に優しい言葉を期待するのも、気の利いたデートを期待するのもとっくに諦めたけど、彼は不器用なだけで根底には愛情があるものと信じていた。その認識がもろくも崩れ去った夜だった。