年上の憧れの人は、1年半ぶりにオンラインのグループミーティングで会う約束をしてたのに、すっかり忘れててすっぽかされそうになった。こっそり手を回して彼も参加してくれるように、私にしては珍しく策謀めいたことまでしたのに。忙しい人だから、遅れて参加してくれただけでもよかったけれど。
イケメン君は、先月半年ぶりに出くわしたけど、私のことは完全にどうでもいい人の扱いだった。挨拶は無視され、皆の前での事務的な話だけはおだやかにしてくれた。自分でそれを望んでいたくせに、いざそうされるとものすごく悲しかった。誰か大切な人が、できたんだろうか。私の知らない人だといいな。目の前で仲良くされるのは、さすがに、キツい。
唯一毎月のように会っていた美容師君は彼女と結婚して、海外で一旗あげるために店を辞めるんだそうだ。顧客関係すらも断絶。
まぁ、一応、ご新規様がひとり。ハタチくらいの男の子が、さりげなく褒めてくれたり、熱っぽい目で見てきたりカードゲームで遊んでたら手に触れてきたりはするけど、いくらなんでも20も年上の、母親の友達を口説く度胸はないだろう。
でも、そうやって油断してると、勝手に向こうが盛り上がって、手に入らないと分かると勝手に怒って離れてくので、これ以上仲良くならないようにしないと。もう、いい男は懲り懲りだ。そもそも人妻なんだから手に入るわけないのに、というか手に入ったらふしだらな身持の悪い女だと軽蔑するくせに、自分のいい男度を測るゲーム感覚で口説いてくるんだもの。なまじいい男なだけに、夫が見劣りしまくって、自分の心の処理がめんどくさいったらありゃしない。そこらの凡庸な男みたいに、眺めるだけで満足してればいいのに。彼らの山のように高いプライドを傷つけないようにするのは、至難の技である。でもその技術を習得しないと、私の目指すmatureないい女にはなれないんだろうな。人生、何事も勉強である。
いや、お前は何者なんだとセルフつっこみもしたくなるけど、まぁ、私は神のもの、主のもので誰のものにもならない、というのが宿命なんだろう。もう、いいのだそれで。
そう、そして、夫は、コロナでも去らずに私のそばに残ってくれている。ふらふらやってきて、いつのまにか去ってくいい男たちとは、違う。夫の愛情表現…ただ、そばにいるってことが、きっと、そうなんだろう。相変わらず何も話してくれないし、何も楽しませてはくれないけれど。浮気をするでもなく、経済的DVをするでもない。暴力は振るわなくなったし、モラハラも随分治まってきた。可愛い娘と、真面目な夫がいる、平凡な家庭。
でも、今のこの幸せは、イケメン君のおかげで自分を見つめ直したり、美容師君のおかげで垢抜けたり、あの人のお陰で自分に自信がついたりした、その結果なのだと思う。幸せの青い鳥、みたいなものなんだろうか?いくら遠くまで行って探しても探しても、見つからなかった、平凡な幸せ。それは、身近に、自分の中に答えがあった、ってことなのかもしれない。神様が、私に試練を与え、私を作り変えてくれたのだ。幼さを改め、成熟した人間になるために。さんきゅーじーざす。
断片的に6年続いてきたこのブログは、これでひとまずおしまい。結論としては夫婦の再生の物語、ってことになるのだろうか。いろんなことが、変えられた。変化を起こしたのは、出会いと、気付きだった。きっと、自分一人では何もできなかった。
主にあって万事が益とされる。ほんとうに、聖書の通りだった。私に残ったのは、変えられた自分自身と、家族、そして美しい宝石のような愛の思い出たちだ。ハレルヤ、神様、奇すしみわざを感謝します。

