瞑想とヨガについてお話しします。

 

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深い世界なので、

このブログでは極シンプルな

表現を採ります。

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瞑想をされている方には

ヨガを経験されていらっしゃる方も多い。

 

 

それは何故か。

 

 

瞑想が目指す究極は「サマディ」です。

 

サマディとは、

真の悟り

 

 

サマディに到達する過程に

ヨガの八支則

と言うものがあり、

サマディが山の頂上であるならば、

山の麓には

 

ヤマ、ニヤマ 

 

と言う修行のプロセスがあります。

(詳しく知りたい方はコチラ⇨ ヤマ・二ヤマ)

 

 

 

その次に来るのが

 

アーサナ

 

ここを日本人である私たちは “ヨガ”

と理解し、呼んでいます。

 

 

私たちが理解をしているヨガ、

正しくは“アーサナ”

頂上であるサマディに向かうプロセスの

一つです。

 

 

 

それでは、ヨガの八支則の “ヨガとは何か

ヨガとは、

 

 

自分の外側も内側も浄め、

神と一体となっていく心と体と魂の

修行のすべて

 

です。

 

 

 

さて、

ここまでのお話をして

「瞑想とはなにか」

のお話ができます。

 

 

 

次の回で。

 

 

 

「ストレスが減ればそれでいいんだけど」

 

「あんまり深くやって宗教っぽくなるのはイヤダし」

 

 

何かを新しく始めようとした時、

「ただやってみたいだけ」

で進めるよりも

効果を確実に出す方法があります。

それは、

 

 

自分自身に

「私はこうなる」

「私はこうなりたい」

伝える、決める

結果は大きく変わります。

 

 

「義務教育だから」

と言われるがままに9年間通い、

どれだけの人が

「私はこういう人になる!」

「私はこうして生きていく!」

と希望を持って社会に出られているでしょうか。

 

迷い、決められず、見つからないままに

高校、大学へなんとなく進んだ方は

少なくないでしょう。

 

そして、

社会に出ても結局迷いの連続で、

精神をすり減らす日々に

疲れきっている方も多いのではないでしょうか。

 

 

なぜ迷い、疲れるのかというと、

魂の本質から私たちは遠く離れたところで

生きているからです。

 

魂の本質は一人一人違います。

 

なので、

社会で一律に求められる

比べ、競い、反省し、改善や成長を促されることに

終わりは訪れません。

 

 

今の社会で生きる人の大半を例えるならば、

一人一人が自分自身の

魂の本質が見えない暗闇の中にいます。

 

目は開いていても暗すぎて機能を発揮できず、

進む方向や感覚が得られずに

不安から拠り所を探して

手や足をそろそろと伸ばしたり、

恐怖に駆られ腕や足を振り回して周りを

追い払おうとしています。

 

そして不本意にお互いが相手にぶつかり、

ぶつけた方も、ぶつかった方も

嫌な気分になったり、恐ろしくなったりして

傷つけ合っているのです。

 

 

 

瞑想をはじめる前に自分に決意を伝える

 

 

 

それは今の自分を意識してみる。

 

・ストレスが多い

・いつも体がダルい

・常に頭痛がする

・人間関係がこじれてる

 

このようなことであれば

 

・私はすべてを手放して楽になる

・私は健康を手に入れる

 

 

と言ったシンプルで気持ちが晴れやかに

なるものです。

 

 

ご自身の体や心に意識を向けてみてください。

 

「瞑想をはじめたいけど、どうしたらいい?」

 

「何からどう始めたらいいの?」

 

 

「瞑想やっているけど、良さがわからない」

 

「集中できない」

 

「効果が感じられない」

 

「これからどう進めて良いかわからない」

 

 

 

 

これから始めたい人も、

今まで経験してこられた方も、

・瞑想とは何か

・どうして瞑想するのか

を知ることから始めます。

 

 

 

ゆっくり少しずつ

お話ししていこうと思います。